眷属少女のブーケット

とある日のアニマート


 モルゲンロート魔人族学院の麓には、巨大な歓楽街『アニマート』が広がっている。

 ショッピングモールを中心に駅からコンサート会場に遊園地まで、真夜中でも窓の光が絶えない賑やかな街だ。
 

 初めて寮の窓からその夜景を眺めた時は、行ってみたいなと思いつつ、どこか自分は歓迎されていない気がしてそっとカーテンを閉めなおしていた。
 

 それがまさか、こんなに堂々と正面から乗り込む日が来るだなんて。
 

「デカい、広い、すんごい」
「逸れないでよテスちゃん」
「あんまりキョロキョロしないで、田舎者だって思われるじゃない」

 
 モールのあまりの大きさに、見上げ過ぎてひっくり返りそうになる。ただお店が横に並んでいるだけでなく、飛行術で来た客用に上にもお店があるのだ。

 
 暫く歩くとどこからか鳴るハープの音に合わせ、水晶の台座に蝶の羽を生やした半透明の女がくるりと立ち上がった。おおおと声をもらし眺めていれば、女がこちらへ投げキッスを飛ばす。

 だがキッスに乗って飛んできた蝶が顔面にぶつかった瞬間、顔に妙な違和感を感じた。
 

「ブヘッヘッなーにこれ!?」
「ああそれ広告。新作コスメの試し塗りができるやつ」
「テスちゃんそこの鏡、見てみなよ」
「わ本当だ!いつの間にか化粧してる」
 

 棚に置いてある鏡を覗けば、あの半透明の女と同じ化粧が己の顔に施されていた。いつも見ているはずなのに、化粧一つで他人になったような自分の顔を感心して眺める。

 それだけに、フッと一瞬で元の見飽きた自分の顔に戻ると寂しく感じてしまう。
 

「私これにしようかな…」
「何言ってんのよアンタ。こーいうセットで買われる前提のブランド物はね、普段使いしにくいんだからやめときな」
「ダーリンはお化粧ビギナーなんだから、選ぶならコッチコッチ」
「う、うん。ありがとうハニー」

 
 そう言うアミュレットに手を引かれて入った店は、さっきと比べて派手な広告こそ無いけれど心惹かれる物が沢山ある店だった。


 たとえば小さなリンゴかと思うと、中からブラシを持った兎が飛び出し塗るのを手伝ってくれるファンデーションだったり。開くと鏡の向こうにいる人魚が今日の天気におススメの色を教えてくれる、貝殻の形をしたアイシャドウだったり。

 ただ皆んなにとっては見慣れた物ばかりなのか、興奮しながら兎を頭に乗せ人魚に手を振る私の隣で


「ここに魔法使うなら、もっと発色良くすればいいのに~」
「言えてる、ていうかこの間も似たような色新作だって出してたよね」
「この容器ダメ。引き出しに引っかかる」
「可愛いくても嵩張るのはちょっとね…」


 とシビアに評価を下していた。
 

「テスタテスタ、これ」
「これってフェレス、何に使うの?」
「ポンポンしたらシミとそばかす消える。おススメ」
「え!超凄いね買う買う!!」
「それとテスちゃんこれ、お母さんが市販のやつの中だと一番信用できるって言ってた化粧水」
「おお~ミリガンのママのお墨付きなら、安心だわ」
「ダーリンの雰囲気だと、合うリップはこっちかな。薬用だから保湿もバッチリできるんだよ☆」
「ほあぁ、なんて便利な…」
 

 勧められるまま、持っているカゴに化粧品を入れていく。値段も確認しているがどれも安過ぎず高過ぎず、ちょうど良い塩梅の品ばかりだ。
 

「そういえばアンタ、お金あんの?」
「一応、ノイたんに何か買いたい物がある時は使えってこのカード渡されてる」
「うわっ【ダマスクカード】!?アンタそれ!絶対に盗られないよう気を付けなさいよ!!」
「ももももちろん」

 
 ノイたんに「なんでもコレで買って良いデスヨ」と笑顔で渡された時から予想はしていたが、ヴィオレラの反応を見るにやはり相当な物らしい。今のところ日用品を買う時にしか使っていないが、今後もあまり人前でチラつかせないようにしないと。
 

「しっかしなんで急に化粧?アンタ普段毎日あんだけノイ様に『かわいいかわいい』って言われてるなら、別に顔とか気にしなくて良いじゃん」
「……」
「あ、ひょっとして『お前の顔も見飽きて来ました』とか言われた?なら私としては超ラッキーなんだけど」
「いやぁ…そうじゃなくてね……」

 
 ◇

 
 あれはいつものように、2人ソファに座って談笑している時のことだった。ふと横を見ると私の顔をじっと見て微笑んでいるノイたんと目が合い胸が高鳴り、動揺からついこんな質問をしてしまう。
 

「の、ノイたんは、今までの人生で顔が綺麗だなって、思う人に会ったことある?」
「顔が、デスカ?」
「そっそう、顔が」

 
 いくら同様していたとはいえ、変な質問だったと思う。額に手を当て真剣に考える様子に、もしあの生徒会女子ズのどっちかの名前が出てきたらどうしよと身構える。
 

「……顔だけならイマセンネ」
「えっいない!?」
「ハイ、だって自分で言うのもなんですが、ボク以上に綺麗な顔をしている人には会ったことが無いですし」
 

 盲点だった。
 何故すぐに気が付かなかったんだろう。
 そりゃ私もここに来てからは現世にいた頃以上に色んな人に会う機会はあったが、男でも女でもノイたん以上の美人は確かに見た事が無い。
 

「その点で言うと、テスさんのお顔は…」
「私の、顔は?」

 
 桜色に少し頬を染め、実に楽しげに彼はこう言った。
 


「面白いから大好きデス♡」


 
 ◇
 

「面白いってなんだよ、面白いってー!素直に喜べるない!!」
「う、わ…それは確かに、傷付くわ…悪かったわね『超ラッキー』とか言って」
「いや良いよ、化粧選び付き合ってくれてるから…」
 

 実は前々から、美容についての知識を深めたいと考えてはいたのだ。ただでさえキラキラした美男美女が多いこの常世、せめて見窄らしく見られないようにしようと、最初はそう思っていたのに…まさか最愛の相手に「顔が面白い」と言われるだなんて。

 
 もちろんノイたんに悪意があって、あんなことを言ったんじゃ無いのはよくわかっている。でもやっぱり、悔しかった。自分は女として見られていないのではないかと不安に感じた。

 
 Q.ならばどうするか?

 
 A.知らない内にとびっきり綺麗になってビックリさせる
 

 やはりこれに限る。

 
「やはりこれに限る。グヘヘ」
「何その顔、馬鹿キモいんだけど」
「飛行術で急降下してる時のヴィオレラに比べたらまだマシ」
「表に出な!」
「まだ買い物してる途中でしょうが!!」
「ちょっと2人とも!お店で暴れないで!」


 ヴィオレラに掴み掛かられたけど、ミリガンが引き剥がしてくれた。少しだけ冷静になって、また棚の方へと目を向ける。

 さて、何か他に良さげな物は……


『貴公、貴公』
「ん?」

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