眷属少女のブーケット

VS セラス・フィズィ



「置いて行かれる?ボクがですか!?」
「ああ、話してみてわかったが彼女の向上心と成長性には目を見張るものがある。今でこそ『ノイ様にふさわしくない女』なんて噂されているがその内『癇癪持ちのお坊ちゃんには勿体無い花嫁』と言われる日も、そお遠くはないだろう」

 
 信じられないと驚くボクを意に介さず、理事長はテーブルにあった紅茶を飲み干した。

 後ろの窓から差し込む西日が、やけに眩しく感じて眩暈がしそうになる。

 
(テスさんが…ボクを…確かに素敵な人ではあるけれど、あんなにか弱い生き物なのに)
 

 何度か「ノイたんの隣にいてもおかしくない、立派なお嫁さんになれるよう頑張る」と言われたことがある。その度にボクは「応援していマス」と内心複雑な気持ちで返事をしていた。

 だっていくら彼女が頑張り屋でもこの世界では、いかに強い魔法が使えるかだとか家柄や容姿でしか評価をされないのだ。これはあの屋敷で閉鎖的な生活を送っていたボクでもわかる、常識だ。

 だからこそ、彼女にはあまり無駄な努力はして欲しくなかった。正直なところ部活だ補習だ、女子力の向上だと出かけるくらいならなるべく目の届く側にいて欲しい。

 それに彼女を悪く言われるのは不愉快ではあるが、最近では彼女の魅力はボクだけが知っていれば良いとも思うようになり始めていた。


 両親は彼女を気に入ってくれているし、もし反対する身内が現れても自分が排除すれば良いだけの事だ。


 真祖の妻として必要なマナーや教養だなんて、学院を卒業すれば一生屋敷の外に出さないのだから別に人目を気にすることはない…

だから、だから、
 

「フハハハハ、やっと危機感を持ったか。どうだい?かわいいかわいいと内心見下していた相手に先を越される不安は?」
「……」
「と言っても今のところ彼女が何かしら秀でた部分を見せた訳じゃないから、実感は沸かないか。とはいえもうすぐ───」

 
『マスター!マスター!!大変です!奥様が超やべぇ!!』
 

「トゥルぺ!どうした!?」

 
 突如、テスさんを監視させていたトゥルぺから連絡が入った。先の襲撃事件の後、心配だからとこっそり仕込んでおいたのだ。

 
『端的に言うと決闘でまもなくご臨終って感じです!トゥルぺ超心配!!早く来てください!!』

 
「っわかった、すぐに行く!」

 
 地面を蹴り、急ぎ転移魔法で空間を飛ぶ。校内での使用は禁止されているが、今はそんなことどうでも良い。
 

 
「やれやれ、理事長兼学園長である私の目の前で校則違反か。まぁ気になっていたところだ、今回は私もナマで見学させてもらうとしよう…あヨッコイセ」

 
 ◇
 

 夕陽に染まってゆく空が見える。

 いつの間にか集まってきた野次馬の歓声に混じって、ミリガンとルチャルが私の名を必死に叫ぶ声が聞こえたような気がした。

 大の字になって倒れた身体は、指先一つ動かすだけでも1週間はかかりそうなほど怠い。

 原因はわかっている、毒だ。
 

(初手は避けれた…でも次が見えなかった…)
 

 おまけに頭からの出血が酷いせいでかなり意識が朦朧とし出している。カウントダウンが始まった今、早く復帰しなければいけないのに起き上がった後どう動くかのプランが上手くまとまらない。
 

(あ、ノイたん)
 

 ふと、ノイたんが屋上から私を見下ろしている姿が視界の端に映った。

 酷く無表情で、瞳はこれまでもちょくちょく見てきたように真っ黒に染まっている。今回は怒っているのか悲しんでいるのか、はたまた私の醜態にガッカリしているのか。


 やめてほしい、だってそんな顔をされたら


───全力で笑顔にしたくなる。



「まぁ、みてなって」
 

 仄かに神様めいたその顔に、ニヤリと笑って返す。

 
 そして身体中に魔力を巡らせ、バネの如く跳ね上がった。
 

「何っ!?」
「あっぶないな!カウントダウン中に攻撃するとか、お約束って知らないの!?」
 

 どうやらセラスは私が倒れてカウントダウンが始まったにもかかわらず、追撃しようとしていたようだ。手に握られているのは直剣『クシポス』…事前に調べておいた情報どおりならルチャルの槍と同じように、あれも魔法媒体なのだろう。さっき倒れていた場所に深々と突き刺さっているあたり、切れ味も良さそうだ。

 
「何故動ける!?毒は確かに打ち込んだ筈」
「だって、しっかり解毒薬作ってきたからね、ホラ」
 

 空になった自己注射器を見せつけてやれば、セラスは目を見開いてワナワナ震え出した。

 そう。入学初日からセラスに尋常じゃない殺意を向けられていることに気付いてからずっと、いつかこんな日が来るんじゃないかと一応少しずつ準備はしていたのだ。
 

『セラス・フィズィ』【ゴルゴン種 アマガサヘビ】──女子、紫色の髪に赤い瞳。全然話していない!Cクラスの主席でノイ様ファンクラブCの会長。


 アマガサヘビの血清は現世ではまだ無かったが、調べたらなんと常世の魔法植物で解毒薬を作ることができるのだ。部活中にMYプランターで育て、エレント先生に教えてもらいながら調合する……決闘制度が発表された時は焦ったけれど、ちょうど昼休みに時間が取れたのは幸いだった。
 

「フンッちょこざいな、どうせ何をやっても貴様は私に勝てないんだよぉ!」
「それはどうかな、エイッくらえっ」
 

 着地した時の勢いで砕けた、舞台の破片をいくつも拾って投げつける。

 朧げに聞こえていたミリガンとルチャルの声が、今度はしっかり「テスちゃん!?」「な、何やってんだ?」と戸惑ったように聞こえた。
 

「エイッエイエイッ」
「馬鹿め!ついにヤケに──ガァッ!?」
「うわーい引っかかったー!」
 

 投げつけた破片の隙間を縫うように、魔力を込めた破片を指弾で打ち込む。
 オズさん曰く、物に流し込めた魔力は手を離せばどんどん消えて無くなるそうだが、この破片の大きさなら着弾するまで魔力で強度と威力を保つことができる。

 額に破片が命中すると同時に、セラスの体制が崩れた。すかさず走って距離を詰める。
 

「舐めるなぁ!」
 

 セラスの髪が蠢き、黒い帯模様を持つ沢山の蛇へと姿を変えた。

 私が最初にくらった攻撃もあの蛇によるものだ。まともに一匹の相手をしていると、すぐに他の蛇に襲われてしまう。


 ということは…早速あの方の出番か。


 押し寄せる蛇に向かって、スピードを緩めることなく懐からアボカド型の小さな容器を取り出す。

 それだけで大量の蛇がざっくりと切り落とされた。

 
「あ?」


 何によって切り落とされたのか、セラスはまだ気付いていないようだ。呆然としている顔を遠慮なく殴らせてもらう。
 

「おりゃあ!」
「ゴハッ、ガッ」

 
 しかしセラスも、ただ殴られっぱなしでいるわけではない。次に拳を構えた瞬間、薄紫のバリアが展開された。私の身体が魔力で強化されていることに気付いて、防御魔法を張ったのか。
 

 ただコレは計算していたかな?


 というのも、私の拳は
 

「ぬんっ!」
「グアーーーーーッ!」
 

 普通に殴っても、硬いのだ。

 
 右頰を思い切り殴り抜くと、セラスは舞台の端まで吹き飛んでいった。再び距離を詰めたかったがそのまま着地されたせいで、お互い肩で息をしつつ睨み合いで止まる。

 なんとか攻撃には成功したが、実は私も解毒する前に無理矢理魔力で身体を動かしたせいで、ずっと身体中が熱を持ったように痛い。加えて頭の出血でまた意識が朦朧としてきた、早く決着をつないと。
 

「……何故」
「えぇ?なんて?」
「何故、ただの人間の分際で、平気な顔してノイ様の隣にいられる?恥ずかしくないのか?」
「え~変なこと聞くね。そんなの、大好きだからに決まってるじゃんか。でも一応、近くにいると『ドキドキし過ぎて恥ずかしいよう♡』って気持ちならまぁあるけども」
「違う!そうじゃない!ノイ様は私達とは住む世界が違う、神祖にも等しい尊いお方なんだ!!だから隣に立つのは『完璧』じゃないといけない!あのユラエルみたいに完璧に!!」
「……」
「それなのに貴様はなんだ?家も無く知識も運動も容姿も何もかも劣っているくせにクラスメイトや教師にはヘラヘラ媚びへつらいかと思えば他クラスに無計画に喧嘩を売り挙げ句の果てには魔法も使えないのにグロンスキンからの救助活動!?阿呆め!慎ましく振る舞うこともできないのか!!」
「ちょっと訂正入れさせて、ノイたんは容姿よりも面白さ重視」

「黙れぇ!貴様さえ…貴様さえいなければっ」

 
 俯いたセラスが顔を上げる。


 
「あきらめることが、できたのに」
 


 歯を食いしばり、涙を流すその表情は、今まで見せた姿の中で一番感情が溢れていた。

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