眷属少女のブーケット

体育祭って?


 今日も一日「ようく楽しんだ」と、うーんと伸びをする。

 と言ってもまだホームルームの時間だし、この後も部活だ夕食作りだ自習だスキンケアだノイたんとのイチャイチャだと忙しいのだけれど、その忙しいのが楽しくてしょうがないのだ。
 

「あ~早く部活に行きた~い。マンドラゴラ達、元気にしてるかな」
「テスちゃんてば本当に元気ね……私はまだ体育の時の傷が、うっ痛たたたた……」
「ミリガン、初っ端から顔面にボールくらって吹っ飛ばされてたもんね。大丈夫?」
「いや大丈夫じゃない、むち打ちみたいになってる。ちくしょーフェレスめ~」
 

 そこでチラッとフェレスの方を伺えば、静かにVサインを返された。聞こえていたらしい。ミリガンの眉間に、さらに恨めしげに皺がよる。

 
 バンッ!

 
 強く乱暴に教室の戸が引かれると同時に、これ以上ないほど疲弊したクレープス先生が入ってきた。ギュッと両目を瞑り、教卓に肘をつく姿は辛そうだ。

 思わず駆け寄って、水筒の蓋に紅茶を注いで手渡した。
 

(この水筒。蓋が持ち手のついたコップになってて、超便利なんだよね)

 
「先生、これ良かったら。ノイたんが淹れてくれたハーブティーなんで、飲んだら元気になりますよ」
「あ……良いの?ありがとね……」


 先生は一気に紅茶を煽り、とても深い溜め息を吐いた。さっきまであんなに賑やかだった教室も、先生のまた只事ではない様子に静まり返っている。私が席に着いたタイミングで、先生は口を開いた。

 
「この間、決闘制度なんてものが出来てまたすぐで非常に申し訳ないんだけれど」
 

「完結に言うよ」

 
「理事長の思いつきで、再来月の末に弊学院で『体育祭』を開くことになりました」
 

「皆んなごめん!」と教卓に額をぶつける勢いで謝罪する、クレープス先生。

 
 それに対してクラスメイト達は、まるでこの世の終わりみたいに騒ぎ始めた。
 

「マジかよ体育祭!?」
「一方的な虐殺の間違いでしょ」
「終わった……終わった……」
「遺書、書いとかないと」
「ヤァだあ!まーたいじめられるやつじゃん!」
「お前ら情けねーぞ!しっかりしろ!!」
 

「なんだと……体育祭!ところで体育祭って何?」
 

 私の質問に対し、一部を除いた全員がずっこけた。ちょっと義母さんと義父さんと初めて話した時を思い出す。


 ヨロヨロと立ち上がりながら、クレープス先生が「そういえば、テスタさんは知らないか」と呟いた。
 

「体育祭って言うのは、年末に著名な魔法使いが集まってチームに別れて能力を競い合う祭典のこと。似たようなものだと現世にもオリンピックってやつがあったみたいだけど、知らない?」
「いや……聞いたことないですね」
「まぁ人間の歴史で言うとかなり昔の出来事だったみたいだし、仕方がないか」


 先生曰く、主な競技として『棒倒し』『箒競争』『魔撃』『綱引き』『騎馬戦』『リレー』をやる予定だそうだ。


 全生徒総出でクラスごとに分かれ、一斉に競い合う……魔法、運動能力、連携力等々、それら全てが試される祭典……

 
「なにそれ、無茶苦茶面白そう!!」
 

 思わず立ち上がって叫んだ。一対一で競う野外ボクシングや決闘、授業でやったドッジボールだけでもあんなに面白いのにもっと大勢で?

 
「おわ~楽しみ~!皆んな、頑張ろうね!」


 歯茎が剥き出しになるくらい、口角がつり上がる。興奮せずにはいられない。


 しかし私の心境に反して、クラスメイト達は皆んなお葬式のように沈んでいる。
 

「えっどうしたの皆んな。なんか暗いよ」
「この阿呆、話を聞いていなかったのか。クラスごとに分かれる……つまりこのCクラスが、ノイ様率いるSクラスと直接戦うということなんだぞ」
「うん?だから、楽しみだね?」
「理解できていないな!だからぁ!要するにっ!!」
「ま、まあまあセレス、落ち着いて。テスちゃんはあの最悪の『球技大会』を知らないんだから」
「球技大会?」

 
 また知らない用語が出てきた。察するに、私がモルゲンロートに入学する前に行われたイベントだろうか。
 

「何かあったの?」
「何かってもんじゃないよ……えっと、ラジャイくん。あの時の映像ってまだ消してない?」
「一応は。先生、今からテスタ氏に見せても良いでござろうか?」
「良いよ、見た方が早いからね」
 

 クレープス先生が教卓から横に捌けると同時に、スクリーンがの黒板の上から降りてきた。ラジャイの持っているタブレットから光が放たれ、映像の再生が始まる。
 

 そこに写っていたのは——

 
 ◇

 
「テスさん、何を見てるんデス?」
「あーこれね、去年放送された体育祭の映像。モルゲンでもやるって聞いたから、予習しとこうと思って」

 
 湯気の立つ紅茶が入ったマグカップを、礼を言って受け取る。季節的にはもうかなり暖かくなってきたけれど、夜はまだ温い飲み物が恋しくなるのだ。

 
「そういえば……そんな事、言ってましたっけ……どうでも良いので忘れてマシタ」
「あら、その感じから察するに、ノイたんはあんまり体育祭は楽しみじゃない?」
「全然。だって」

 
 私の問いに、彼は一度目を伏せ、次に宙を見上げながら答えた。

 
「どうせ最初から最後まで退屈、でしょうカラネ」

 
 全くの無表情で淡々としている様子は、教室で見た『球技大会』の時の映像に映っていた姿と全く一緒だった。


 テニスでもバスケでも卓球でも、何の競技でも圧勝。ボール一つに隕石並みの破壊力を持たせたり、身体一つで敵チームの包囲網をやすやすと突破していたりと、息をするかのように勝利をもぎ取る姿に同じSクラスは歓喜し、他のクラスはどこも絶望した表情をしていた。


 特に酷かったのはCクラスだ。ボールをぶつけられて倒れているCクラスの皆んなを、ただただノイたんは退屈そうに見下ろしている。

 
(あれじゃ退屈って思うのも仕方ないよね、ヨッシャそしたら……)
 

「じゃあさ、なんか賭けない」
「賭け?ボクとテスさんでデスカ?」
「そ、私は自分がいるCクラスが勝つ方に賭けるから、ノイたんはSクラスに賭けなよ」
「ハハッかまいマセンヨ。それなら報酬は何にシマス?」
 

「負けた側は、勝った側のお願いを一つだけなんでもきく。とかどうお?」
 

 明らかに、ノイたんの目の色が変わった。瞳孔は開き、微笑んでいた口元が三日月のようにつり上がる。その気になってくれたようだ。

 
「なん、でも、なんて。良いんデスカ?」
「良いの良いの!私もめちゃくちゃ頑張るからさ、ノイたんも全力できてね」
「……ええ、ええ。もちろんデストモ」

 
 ソファの上で、互いに微笑み合う。
 

 この時をもって『ノイたんに体育祭をめちゃくちゃ楽しんでもらう作戦』は、開始されたのだった。
 
 
 
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