眷属少女のブーケット

Lady copperは山の如し

 迫る急カーブに臆さず速度を上げる。
 燃料は少ないけれど、コンディションはバッチリだ。いよいよカーブに差し掛かったところで、手すりを掴んでクインっと曲がる。

購買まであと15メートル!
全速前進!
マミーを真後ろに!!
 
「シャラール早く!購買の食べ物、全部売り切れちゃう!!」
「待ってよテスタちゃ〜ん。私そんなに足速くないのよぉ」
 
 少し風が暖かくなってきたお昼時。
 体育祭実行委員に立候補した私は、Cクラスの学級委員であるシャラールと、ついさっきまで委員会会議に参加していた。
 モルゲンロートの昼休みは一時間半。
 色々あって長引いた会議のせいで、今の私達にはあと40分くらいしかお昼休みが残されていなかった。
 
(ンもうどーしてこういう日に限って私ってばお弁当にしなかったの)
 
 ここからだと食堂は遠い。だから購買で売っているサンドウィッチやおにぎり(米をギュッとした美味しいやつ)やケバブ(デカい肉削って野菜と一緒にパンで挟む美味しいやつ)を買いに行くしかないのだけど……どれも人気な品ばかりだ。在庫は多めに用意されているとはいえ、油断はできない。
 
「テスタちゃんってば、電流くらった後でよくそんなに走れるわね〜」
「あれしきのことじゃあビクもしないよ。私の目指す立派な淑女は、何万ボルトにも耐えるんだから」
「あら、じゃあ立派な淑女は廊下を走ってもいいの?」
「いいの、いいの。だって——ホラ、よく見てみて」

 一旦前進するのをやめて自分の足を指差せば、シャラールが「ンマァ!?」と驚きの声を上げた。無理もない。だって今、私の足は凄い速さでシャカシャカ動いて、廊下から数センチ浮いているのだから。
 
「ど、どうしたの!?じゃない、どうやっているの!?」
「フフフフフ……これはね、だいぶ前に温室にあるデッカい池に落ちそうになった時にね、オニバスって植物を潰さないよう魔力で足を強化してめちゃくちゃ交互に動かしたらできるようになったんだ」
「わぁ、テスタちゃんたら凄いじゃな〜い!じゃあ箒が無くても空を?」
「いやそれがさ今んとこ、これ以上高度を上げらんないし、やってると魔力よりも先に体力が尽きちゃうから、つまりもうダメあー倒れるバタン」
「てっ!?テスタちゃーーーん!?」
 
 急激な体力の消耗から来る空腹により、とうとう倒れた。

 フレンチトースト、料理長の賄いガンボスープ、あとなんかトマトで肉や魚をいい感じにした料理全般、エトセトラエトセトラ——食べたい物が次から次へと浮かんでくる。私このまま、空腹で干からびてしまうのだろうか?
 
「ほら、肩かすからしっかりして。購買まであともうちょっとよ」
「ごめんシャラール。後でおにぎり奢るよ……」
 
 シャラールに助け起こされ、ふらつきながら立ち上がる。

 そこで改めて床を見下ろすと、妙なことに気付いた。
 
(廊下いっぱいに、こんな真っ赤な絨毯敷かれてあったっけ?)
 
「ねぇ、シャ——」
 
 

「あら、シャラールさんじゃありませんの」
 
 

 凛とした声が響くと同時に、廊下中が瑞々しい薔薇の香りに包まれる。
 
 顔を上げると、初めて見る女子生徒がそこにいた。
 
 螺旋状に巻かれた長いゴールデンブロンドに、これまた小枝が乗りそうなくらい長ーい睫毛と、瞳の色と同じ真紅の制服とハイヒール。
 片手に持っている赤銅色の扇子は、開閉する度に虹色の光沢を放っている。シンプルなデザインながら、手間のかかる逸品であることが素人目でも伝わってきた。
 
 それとあと、ああ……立ち姿だけでもう分かる。なんて凄まじいロイヤル力なんだろう。理事長や、ガルボン邸の旦那様や奥様と同じくらいなのでは。
 
 その只者ではない雰囲気からメイドの頃を思い出し、瞬時に姿勢を正す。
 
 が、緊張感を取り戻した私と違って、シャラールの方は向こうに対してかなり親しげだった。
 
「まあまあルビンさん!この間の襲撃事件以来ね!お久しぶり〜」
「ええ、お久しぶり。あの時はシャラールさんが近くにいてくれて助かりましたわ」
「あらヤダそんな!私の方こそ、ルビンさんが助けてくれなかったら今頃どうなってたことか」
 
 お互いに和気藹々と手を取り合っている。
 不思議だ。個人によるけれど、基本的に他クラスの生徒はCクラスに対し偉ぶったり小馬鹿にしてくる。そしてそんな態度を日頃から受けているCクラスの皆んなは、他クラスの生徒に対して視界に入るだけで嫌そうだったり避けたりしているのに……この二人、昔からの知り合いとかなんだろうか?
 
「あ、勝手に盛り上がっちゃってごめんね。テスタちゃん」
「いやいや気にしないで。それより私、お邪魔だったら先に行」
「テスタ——ひょっとして貴方、テスタ・オール・デメルング?」
 
 ルビンさんの猫に似た瞳が、まん丸に開かれる。いきなり角膜の中心に捉えられたことに内心ドギマギとしつつ、「そうです、私がテスタ・オール・デメルングです」と返した。
 
「ああやっぱり。ワタクシ、Aクラス所属の『ルビン・ディスカーン』と申します。以後お見知り置きを」
 
 そう言って、ルビンさんは手を差し出した。
 
 ……握手。握手か。
 
 すぐ握り返せないのには訳がある。実はさっきの委員会でも、Sクラスの生徒に握手を求められたのだ。「体育祭はお互いに頑張ろうね」と差し出した手を、まぁ愛想良くしとくかとすぐに握り返せば次の瞬間「馬鹿な奴」と笑われ、魔法で手に電気を流された。

 突然の衝撃と振動に驚き、反射的に手をグッと強く握りしめる私。
 その勢いで手をトマトのように握り潰され笑い声から一転、恐怖の大絶叫を上げる相手。

 そして電流が放出されっぱなしなせいで迂闊に近寄れず、教室の端から「とりあえず手ぇ離して!!」「電流止めろ!正気に戻れ!!」と声をかけることしかできない、シャラール含めた他クラスの委員達……と、実はこんなゴタゴタがあって会議の時間が延びたのだった。
 
 だから今の私には少し、握手には躊躇いがある。
 
 どうしよう、と。横にいるシャラールをチラリと伺えば、大丈夫よとゆっくり頷かれた。
 
(良し、ここはシャラールを信じよう)
 
 覚悟を決め、手を握り返す。
 
 
 すると そこには 山 が あ っ た
 
 
(握手しただけで分かる。この人、体幹がもの凄く強い!全く隙が無い!!)
 
 まさに山の如し。一見すると細身のようだが、制服の下は相当鍛え上げられているのだろう。どの角度から何人がかりで腕を引っ張っても、この人を1ミリでも動かせる気がしない。
 
 ただただ圧倒されている私に、ルビンさんは優雅に微笑んだ。
 
「貴方の噂は小鳥達からよく伺っていますわ。とても勇敢な方だって」
「ヘヘッそんな……ん?小鳥?」
「失礼。Bクラスのカメリアさんとハンナさんのことですわ。お二人共ワタクシが部長を務める合唱部の部員なんですの。だから是非一度、小鳥達を助けてくださった貴方に会って、お礼を言いたいと前々から考えておりましたの」
「はぇ〜なるほど、それで」
「でも、それだけじゃあないんですのよ」
 
 ルビンさんの真紅の瞳が、燃えるように輝き出すと同時に周囲の温度がグッと上がった。
 瞳に温度……あれか、ノイたんが苛立つ度によくやっているやつだ。何かしらの感情が昂ることによって、魔力が増幅しているのだろう。
 
「セラスさんとの決闘、三階から見させていただきました。立ち回りはまだまだでしたが、良い拳をお持ちなのね」
「——」
「ワタクシ魔法も好きだけれど、強い方と拳を交えるのはもっと好きなの。貴方もそうでしょう?だってセラスさんと戦っている時の貴方、とても素敵なお顔だったわ」
 

 だからきっと近いうち、全力で戦いましょうね

 
 耳元でそう囁かれると同時に、胸の奥に火が灯るのを感じた。
 
 嬉しい。
 昔からよく初対面の人に、下に見られやすい方ではあった。でもそれは寧ろ、私にとっては数少ない武器の一つでもあった。舐め切って戦いを挑んでくるヤツほど、やっつけ易いし倒した時は爽快だ。逆に最初から認めてくれた人だけを、大切にすれば良いという目安にもなる。
 
 実際、セラスの時はそうだった。
 
 でも今、目の前にいるルビンさんは、最初から認めた上で私と戦おうとしてくれている。
 不利な筈なのに、それが堪らなく嬉しい。
 
「ありがとうございます。私も、貴方と戦える日を心待ちにしています」
「うふふそれは良かったわ。ではお二人共、ごめんあそばせ。またお話ししましょうね」
 
 そう言って、ルビンさんは薔薇の香りを残して去って行った。廊下に敷かれてあった絨毯も消えているのを見るに、きっと彼女の私物だったんだろう。
 
「シャラール、今の方って」
「感じのいい人だったでしょ〜ルビンさん。ウィザード種の中でも相当立派なお家柄の人なんだけど、それで偉ぶったりしないとこが私大好きなのよ」
「わかる。あんな人が学院にいただなんて……完全に勉強不足だった。どんな魔法を使う方なの?」
「確か錬金術が得意、なんだけど。さっき言ってたみたいに自分の拳で戦うのが凄く好きな子なのよね。前にグロンスキンと戦った時も爪先で肌に切れ目を入れて、そこからぶん殴ってたわ」
「そっか、ありがとう。教えてくれて」
 
 かなり楽しい、いや手強い相手になりそうで今からもうワクワクしてきた。
 とはいえ今日から体育祭当日に向けての数週間は、決闘が禁止されている。ぶつかり合うのは暫くお預けか。
 
「うおお待ちきれない……今すぐにでも追っかけてって決闘してもらいたい……」
「それよりテスタちゃん、お昼休み終わるまであと十分しかないけど良いの?」
「あ忘れてた!!い、行こう、流石に晩御飯まで何にも食べられないのはキツい」
 
 もう走る気力は残っていないから、前転しながら購買に向かう。


 でも、もう頭の中は食べ物のことよりも、新しくできた好敵手への対策についてでいっぱいだった。

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