亡者逃走中in現世
翌日。放課後のお菓子作りが楽しみでいつもより早めに登校した。

まだ誰も来ていないようで、教室に荷物を置いて廊下を歩いていると、ばったり会った美穂ちゃんが私を見た瞬間走ってきた。

「美穂ちゃんおはよう」

「おはよう。昨日は大丈夫だった?」

「うん。大丈夫だったよ……冥府に帰ってた」

「そうなんだ!楓くんは?」

美穂ちゃんの言葉に、私は何て答えたら良いのか分からず目を逸らす。

「まだ話せてない……」

「あー……そっか。部外者がこう言っちゃなんだけど、早く仲直りしてほしい。本当にお願い」

懇願(こんがん)するように頼み込まれた。

「どうしたの!?」

「昨日、真宵が帰ってからさすがに言い過ぎたと後悔したのか、かなり落ち込んでいて……」

「あー……」

「なんかもう……凄かったよ。うん」

そう言って窓の外を見た美穂ちゃんの目が色々と悟っていた。

(一体、何があったんだろう……)

スマホの電源を入れると、軽く十件を超える不在着信があった。

全部変成くんからだった。

メッセージには『ごめんなさい』『言い過ぎた』との文字。

反省はしてそうだ。

教室に戻ると、ちらほらと人が増え始めていた。

自分の席に座り、一限の用意をする。

少しして―――。

「……おはよ」

聞き慣れた声。

けれど、どこか元気のない響きだった。

顔を上げると、変成くんが立っていた。

目の下には、うっすらクマ。

髪も少し乱れている。

一瞬、空気が止まった。

「……おはよう」

声が、思ったよりちゃんと出た。

変成くんは何か言いたそうに口を開きかけて、でも閉じた。

視線を泳がせ、意を決したように謝罪する。

「……昨日、本当にごめん」

いつもより深く、長く頭を下げていた。

「私も……嫌いって言ってごめん」

「いや、元を辿れば俺が悪いし……今度何か甘い物奢(おご)るよ」

「あ、そのことなんだけど、今日の放課後ごーちゃんと一緒にクッキーを作るんだ!」

「へぇ……」

お昼休み、ごーちゃんに仲直りしたことをメッセージアプリで送ると、『速っ!まぁ、良かったじゃん!じゃあ、放課後変成くんも誘いなよ!アタシは全然OKだから!!』と返事が返ってきたので、変成くんも誘うことにした。

✳✳✳

その日の放課後。

閻魔庁の食堂のキッチンは、甘い匂いとバターの香りでいっぱいになっていた。

「よーし!まずはバターを常温に戻しまーす!」

エプロン姿のごーちゃんが、やたら元気に宣言する。

「俺、あまりお菓子は作ったことないんだよね」

「あー、変成くんは家庭料理が得意だもんね」

「新婚さんみたいな会話してるよ……」

ごーちゃんが半目で私達を見た。

クッキーのレシピが書かれたページを読みながら材料と道具を確認していく。

テーブルの上には、ボウル、泡立て器、計量カップ。

ボウルの中には小麦粉が入っていた。

普段お菓子作りなんてしないから、上手に作れるか心配。

「……常温って、時間かかりそう」

「確かに……じゃあレンジでチンしようか」

溶かしバターをボウルに入れ、砂糖を加える。

泡立て器を動かすと、シャリシャリとした音がした。

「おっ、良いじゃん!上手」

ごーちゃんが覗き込んでくる。

「ねぇ」

「ん?」

「失敗したらどうしよう……」

ぽつりと呟くと、ごーちゃんは手を止めて珍しく少し真面目な顔になり、

「大丈夫大丈夫!失敗したやつは閻魔くんに渡せば喜んで食べてくれるから!」

親指を立ててドヤ顔をした。

「五官王、俺は何しようか?」

「変成くんは秦ちゃんのお手伝いお願い!私はその間にオーブン温めておくから〜」

ごーちゃんがテキパキと明確に指示を飛ばしていくと、あとは焼くだけの段階になった。

「五官王ってお菓子作り得意だよねー。前も誕生日にケーキ焼いてくれたし」

「まぁ、こう見えて家庭科部だからね!」

「へぇ、家庭科部なんだ」

ごーちゃんが見せてくれたスマホのファイルには、恐らく人間の友達であろう子が数人映っていた。

「これはテスト前、部活でカップケーキを作った時の写真」

そこには美味しそうなチョコカップケーキの写真が何枚も。

「美味しそう!」

「美味しかったよ!」

その時、オーブンのタイマーが軽く鳴った。

「お、焼けたー!」

ごーちゃんがミトンをはめて、天板(てんばん)を引き出す。

ふわっと広がる、甘くて少し香ばしい匂い。

「わ…ちゃんとクッキーだ」

ほんのりきつね色に焼けていて、見た目もそれっぽい。

丸いのもあれば、少し歪んだ星型、角が欠けているハート。

でも、どれもちゃんと焼き色がついている。

「初めてにしては上手に作れた!」

「うん、焦げてないしね」

変成くんが、少し照れたように言う。

「じゃあ、冷めるまで待ってね〜。その間に……」

ごーちゃんが辺りを見回した。

廊下の方から足音が近づいてきて、

「良い匂い〜」

キッチンに入ってきたのは宋だった。その後ろには初江王もいる。

「仲直りできたんだな」

「うん!」

「クッキー焼いてたんだ〜!」

宋が興味津々でお皿を覗き込みながら一枚を口に入れる。

「美味しいね〜!」

「冷ましてたんだよー!宋くん、熱くなかった?」

「熱かった」

素直すぎる感想に、思わず笑ってしまった。

「それより、何で二人がここにいる訳?」

「ああ、それはだな……」

初江王はガサゴソと細長い紙を取り出した。どうやら『温泉半額チケット』みたいだ。

「くじ引き堂の店主から貰ったんだ。しかもご丁寧に五枚。秦は一枚当てたと言っていただろ」

つまり……それは……

「温泉旅行できるってこと!?」

「でも、そしたら一人どうするの?あと一人誘う?」

宋が人数とチケットの枚数を数える。

「ん〜……平等王とか?」

温泉街なら甘い物売ってるだろうし、甘い物が好きな平等王を誘っても良いかも。
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