【野暮令嬢】と侮った皆様、覚悟はよろしいかしら?

結婚式と古代契約

結婚式は、ヴィッセル侯爵家の敷地の中にある家族用の教会で行われた。

祝福の鐘が鳴り響く中、【野暮令嬢】の二つ名を持つ私のウエディングドレス姿を見たヘンリクは、教会の入り口に一人で立つ私に聞こえる程、大きな深いため息を吐いて祭壇の前で項垂れた。

司祭の祝福と誓いの言葉の後、ベールを上げたヘンリクは、分厚い黒ぶち眼鏡を掛けた私に、死んだ魚のような目を向けて顔を近づけた。しかし、目を閉じずにじっと顔を見つめる私にたじろぎ、誓いの口づけをするふりをすると、ぎこちない手つきでベールを下ろしてしまった。私の顔をもう見たくないというささやかな抵抗だろう。

参列者はヴィッセル家の使用人のみで披露宴などもない。それでも、精一杯送られた拍手の中、腕を組んで教会を出て本邸に入ると、そのまま二階の客間に連れて行かれた。
嫁入り道具として唯一運び込んだ古い櫃が部屋の中央に置かれている所から察するに、三階にある侯爵夫人の部屋ではなく、ここが私の部屋らしい。

組んだ腕を振りほどくように放したヘンリクは、疲れ切った顔で睨むように私を見据えて口を開いた。

「王命で仕方なく婚姻を結んだが、私には愛する女性が既にいる。訳あって正妻には出来ないが、私たちは真実の愛で結ばれているんだ。だから、君と閨を共にすることはないし妻として扱うつもりもない。私たちの邪魔をせずにここで好きなように過ごしてくれ」

ヘンリクの言葉を聞きながら、私は、記憶の中の古代文学の物語の内容を大急ぎで検索していった。

『真実の愛&白い結婚もののシチュエーションだわ! ヘンリクという名の相手は、確かユリアかエミリー、あ、マリーというバージョンもあったわね。でも、結婚式が初対面となると……』

脳内検索フル稼働中の私は、ヘンリクの顔を見つめたまま棒立ちの状態で、答えを求めるべく質問した。

「では、その方が生むお子が後継という事でよろしいでしょうか? その場合、次期侯爵の生母としてお子と共にここへお迎えになるか、若しくはお子だけを引き取って侯爵邸でお育てしますか?」

その問いに、睨むような視線をふと緩めたヘンリクが、思わずと言った様子で問いかけて来た。

「……君は、それでいいのか?」

私は、脳内検索速度を緩めずにヘンリクの顔を凝視したまま間髪入れずに即答した。

「閨を共にしないのであれば、当然のことかと」

『間抜けな事を言ってないで、早く質問に答えて下さらないかしら。私はお相手の名前を知りたいのよ』

ヘンリクは、気まずそうに私から視線を外して呟いた。

「君がいいというのであれば、子は引き取ってヴィッセル侯爵家の子として育てたい。子と引き離すなど、彼女の気持ちを考えればとても心が痛むのだが……」

『ハンナ! ハンナよ! ハンナだわ!』

答えを得た私の脳内で、魂の声が雄叫びを上げた。思わず口角が少し上がったが、ベールで隠れて見えないだろう。それに、ヘンリクは悲痛な面持ちで俯いているから気付くはずはない。

「……ハンナには私からきちんと話をして、彼女には変わらない愛と誠実を誓うんだ。引き取った子も必ず大切に育てると約束する……」

感傷に浸っているヘンリクを他所に、私は探し当てた古の物語の内容を辿っていった。

『確かこの物語は、真実の愛で結ばれていると信じていたハンナの奔放さと本性を目の当たりにしたヘンリクが、白い結婚を宣言して虐げた妻の本当の姿を知ると「私が間違っていた、君に真実の愛を捧げたい」なんてふざけたセリフを恥ずかしげもなく吐いて、彼に都合の良いハッピーエンドになる話だったわね……』

思わずぶるりと身震いした私は、櫃を開けて中から特別に包んだ羊皮紙を二枚取り出すと、机に座って契約書を作成し始めた。この羊皮紙には小細工を仕掛けてある。これくらいなら、せいぜいちょっとしたイタズラ程度だ。
 
「結婚相手が誠実でなければコテンパンにすればいい。死ななければ何をしてもいいよ」

そう言った父の言葉を思い出し、色々用意しておいてよかったとつくづく思いつつ、契約内容の文言を書き連ねていく。訝し気に私の様子を窺っていたヘンリクに、書きあがった契約書二枚を渡してサインを求めた。

「先ほどの侯爵閣下のお言葉を纏めて契約書を作成しましたのでご確認ください。最後の文言にある古代契約とは、王家でも代々使われている由緒正しい契約方法です」

【一つ、ヘンリク・ヴィッセルと、ヴィクトリア・ヴィッセル・ウェーバーの婚姻は、書類上のみの関係とし、白い結婚とする。
二つ、白い結婚に伴い、後継についてはヘンリク・ヴィッセルの婚外子を迎え入れ、嫡子とする。
三つ、ヴィクトリア・ヴィッセル・ウェーバーは、正妻の権利一切を持たず、客人としての待遇のみを享受するものとする。
上記、古代契約の制約により締結されるものとする】

そう言って羽ペンを渡すと、内容に目を通していたヘンリクが三つ目の項目で固まったので補足した。

「侯爵閣下は先ほど、私を妻として扱うつもりはないと仰いましたのでその通りに記載しただけですが、何か問題でも? こうして素敵な客間をご提供頂いたことですし、客人という扱いでよろしいかと」

顔を上げたヘンリクは、少し慌てたように言ってきた。

「いや、三については……訂正して欲しい。一、二を除く侯爵夫人としての最低限の待遇は約束する」

なるほど、被害者であるはずの自分が、そうではないと指摘をされて慌てたというところだろう。さらに王家への体面上、加害者になりそうな部分を少しでも削っておきたいということがスケスケで丸見えだ。私は羽ペンを取ると、首をかしげてダメ押しで言ってみた。

「ご心配なさらずとも、私には秘密を打ち明ける友人などいませんよ?」

そう言うと、ぐっと言葉に詰まった様子で絞り出すように返答が帰って来た。

「っ、それは…… 紳士としての、矜持だ」

『それは矜持ではなく、自己欺瞞というのよ』

魂の声を抑えきれず、脳内で盛大な溜息をつきながら「そうですか」とだけ言葉を返して契約書を修正して改めて渡し、双方のサインをして契約は完了した。

私は、丁寧に封をした契約書の一つを執事長に渡すと、自分の契約書を櫃に収めた。

これで、望まぬ物語の結果からは逃れられるはずだ。








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