アンケート ― 選ばないという選択 ―

第75話(最終話) 問いと、生きていく

 ある朝、美佳は少し早く目が覚めた。

特に理由はなかった。ただ、目が開いた。

窓の外が白んでいた。まだ鳥も鳴いていなかった。

美佳はそのまま起き上がって、台所でお湯を沸かした。インスタントのコーヒーを作って、窓の前に座った。

何も考えなかった。

ただ、コーヒーが温かかった。

カフェに出勤すると、開店前に一通のメッセージが届いた。

番号非通知だった。

美佳は少しの間、画面を見つめた。

開いた。

「今日もそこにいますか」

一行だけだった。

美佳はしばらく考えて、返信した。

「います」

送信した後、既読がついた。

返事はなかった。

それでよかった。

「あなたは、正しい」を送ってきた番号と、同じ番号かどうか、美佳には分からなかった。確かめる方法もなかった。

でも、美佳は確かめようとしなかった。
送った人がいる。今日も誰かがどこかにいる。それだけが、本当のことだった。

昼過ぎ、白いパーカーの女の子が来た。

第61話の日から、何度か来ていた。毎回、ノートを持ってきた。毎回、何かを書いていた。

今日はノートを持っていなかった。

カウンターに座って、美佳にホットミルクを頼んだ。受け取って、両手で包んで、しばらくしてから言った。

「同じ問いを、書くのをやめました」

美佳は「そうですか」と言った。

「書くのをやめたら、問いがなくなった感じがして、最初は怖かったです」

「今は」

女の子は少し考えた。「今は、問いがどこかにある気がします。書いていなくても」

美佳は「それでいいと思います」と言った。

女の子は頷いた。ホットミルクを一口飲んで、「美佳さんも、問いがありますか」と聞いた。

「あります」と美佳は答えた。

「どんな問いですか」

美佳はしばらく考えた。

「わたしが選んだことは、わたしが選んだことになるか、ということです」

女の子は「難しいですね」と言った。

「答えが出ないかもしれません」と美佳は言った。「でも、持ち続けています」

女の子はそれを聞いて、少し安心したような顔をした。

夕方、翔から連絡が来た。

「今日もゼロです。廃施設に、知人が遊びに来ました。二人で椅子に座って、特に何もしませんでした。それだけ報告です」

美佳は「ありがとうございます」と返した。

朝倉から「今日は早く帰れます」と来た。美佳は「じゃあ川沿いを歩きましょう」と返した。

有栖川から「ミオさんが手紙を書き終えたそうです。まだ送らないと言っています」と来た。美佳は「書き終えたなら、十分ですね」と返した。

ユリからは何もなかった。それでいいと思った。

閉店後、朝倉と川沿いを歩いた。

空が少し暗くなっていた。川の水が、街の灯りを細長く映していた。

「全部、終わったんですかね」と朝倉が言った。独り言のような聞き方だった。

美佳は少し考えた。

「終わったものと、続いているものがあると思います」

「美佳さんの中では」

「終わったものの方が多い気がします」と美佳は言った。「でも、問いはまだあります。それは終わらなくていいと思っています」

朝倉は「そうですね」と言った。

二人はしばらく黙って歩いた。

川の音がした。風の音がした。どこかで自転車が通る音がした。

何でもない夜の音が、均等に降ってきた。

家に帰って、布団に入る前に、美佳はスマートフォンを置いた。

今日届いたメッセージを思った。「今日もそこにいますか」。

送った人がいた。美佳はそこにいた。それだけが起きた。

問いは答えより先に存在していい、とミオは最初に問うた。

美佳は今も、そう思っていた。

存在していい。答えが出なくても、問いはそこにあっていい。人がそこにいるように、問いもそこにある。

翌朝、普通の朝が来た。

美佳は起きた。顔を洗った。コーヒーを作った。エプロンをカバンに入れた。

ドアを開けると、外の空気が少し冷たかった。

秋だった。

美佳は歩き始めた。

今日も、問いを持ったまま、生きていく。
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