第一部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない
部屋から出ると、すぐにセナが駆け寄ってきた。

「ルナ…大丈夫でしたか?」
心配そうな瞳が、夜の光に揺れている。

私は小さく首を振る。
「ええ、大丈夫」
声には落ち着きがあるが、胸の奥ではまだ冷たい緊張が残っていた。

「何かありましたか?」
セナの声が、夜の静けさに少し響く。

私は一瞬、振り返りかけたが、禍々しい視線を背中に感じ、すぐに顔を前に向ける。

「とりあえずもう出ましょう。用は済んだから」

言いながら、馬車へと駆け寄る。
冷たい夜風が頬を撫で、窓越しに差し込む月光が、馬車の車輪に影を落とす。
禍々しい魔女の雫が、自分を見つめているような感覚――背中に重く感じる視線を振り切るように、急ぎ足で乗り込んだ。

ユウリとも、温室から少し離れた場所で合流する。
「遅れてすみません」とユウリ。

「大丈夫、来てくれてありがとう」
私は短く答え、馬車の扉を閉める。

馬車が動き出すと、街灯の光が窓を滑り、影が揺れた。
私は窓の外をぼんやり見つめ、胸の奥で禍々しい気配を感じ続ける。
紅血や魔女の雫――あの部屋で見たものの影は、まだ消えていない。

ユウリとセナの2人の存在が、かろうじて心の支えになっている。
だが、13日の蝶の会までに、何が起こるのか――その不安が、私の胸を締め付ける。
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