第一部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない
ティアナ side

今日は、ユウリと2人で街の奥にある個室付きのカフェに来ている。

厚手のカーテンで仕切られたこの部屋は外の喧騒から切り離され、声を潜めれば会話の内容までは漏れない。

ここは、お忍びで時折使う場所だ。
そして――ラピスラズリ伯爵家の人間で、私がここに出入りしていることを知っているのは、目の前に座るユウリただ1人。

内緒話には、これ以上ない場所だった。

「アイリス様についてお話しします」

ユウリの声は落ち着いている。
けれど、いつもより僅かに硬い。

それだけで、これから聞く話が軽いものではないと分かってしまう。

「うん、お願い」

「まず初めに……」

一呼吸置いてから、彼は告げた。

「アイリス様は、お嬢様の実のお母様です」

「……え?」

「マリアンヌ様とは血の繋がりはありません」

静かな声が、容赦なく続く。

「アドルフ様とアイリス様の子供――それが、お嬢様。貴女です」

私は、ティーカップへと手を伸ばしかけていた手が止まる。


「こちらをご覧ください」

ユウリが差し出したのは、薄い紙束だった。

「昨晩、アドルフ様の執務室で確認したものを複写してきました。
読まれた後は、必ず燃やしてください」

受け取った瞬間、紙の軽さとは裏腹に、指先にずしりとした重みを感じる。

「……わかったわ」

私は頷き、書類に視線を落とした。

――死亡診断書。

記載された名前を見た瞬間、胸の奥がひくりと痛んだ。

名前:アイリス
年齢:28歳
関係:アドルフ・ラピスラズリの内縁の妻

……若い。

数字として突きつけられると、想像していた以上に現実味があった。
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