アースシールド♾️

契約


 神先生に導かれ、懇親会の場所に向かう。

「着いたよ〜ん!」

 その声と同時に止まった私と月。

「「も、森?」」

「神先生〜! 懇親会って普通飲食店じゃねえの!」

 月のツッコミに今日だけは同調できる。
 なぜ森に来たのだろうか。

「君たち〜。アースシールド♾️の隊員は、戦闘のときに力を借りる生き物と契約するって知ってるだろ〜」

 そういうことか。
 もう、今日のうちに契約しろってことだったのか。
 ほかのみんなも同様だろうか。
 森への入り口は数箇所あるはずだから。

「神先生、初日からスパルタかよ! もう契約すんのか!」

月が気だるそうに口を尖らせる。
 隊員は誰もが生き物と契約して、戦いのサポートをしてもらう。
 候補生のときは、銃や剣がメインで小型の生命体を対応していたが、今後、任務で対峙する生命体はそれだけでは倒すことができないレベルもいるということだ。

「来週からは、契約生物との訓練も始まるからね〜。生きものとの相性もあるし! 今日のうちにふたりの適性を見ておこうと思って!」

 ニコッと笑い、私たちの方を抱く神先生。
 この人は距離も近いのか。

「神先生」

「はい! 天城糸さん! どうぞ!」

 肩に回った腕を剥がしながら質問する。

「先生は、何の動物と契約をしているのですか」

「僕は名前の通り、神だからね〜! 深海の神と契約しているよ」

「かっけえー! なんの動物だよ!」

 月は単純だな。
 深海の神というなら、一つしかない。

「…シャチですか」

「正解〜! 出しちゃう? ここで出しちゃおうか? 披露しちゃおうか? 僕の技!」

「いいえ、結構です」

「冷たーい! 月! 糸がいじめる!」

「神先生、糸を怒らせると怖いぞ!」

「うえー! ヤダヤダヤダ怒られたくない!」

 これで、神先生がアースシールド♾️の中でも最強に近いということがわかった。
 シャチと契約できる隊員は、片手で数えられるほどだったはずだ。
 文献の一部を記憶から呼び起こす。

 (我、深海の王シャチと契約す。其の力を借りる代償として、我が記憶の一片を永久に封ずることを誓う。……云々。本契約は血と記憶をもって成立する。破れば、その名を海に没収される。)

 神先生は、何の記憶を封印したのだろうか。
 おちゃらけた性格の裏にも何かあるのだろう。
 神先生と月のわちゃわちゃしたやり取りを見届けながら口を開く。

「…神先生、私は龍と契約します」

 神先生の表情が一瞬曇ったような気がした。
 龍との契約を快く思っていないのだろうか。

「そうか。糸は…龍と契約したいんだね。今日は積乱雲が発生しているからぴったりの天気だね」

 3人で空に視線を向ける。
 神先生は先程のふざけた様子から一変して、少しの間、上の空のようだった。
 1分ほどの沈黙の後、月が「俺は狼だからな〜」と空から地面へと視線を移す。

「月も決まっていたね。うんうん。いいね! 善は急げだ! 気をつけていってきてね〜! 何かあれば必ず僕が助けるから心配しなくていいよ〜」

月とふたりで森の中に足を進める。
 神先生に視線をやると、何か少し思い詰めているようだったーー。

°。°。☆°。°。☆°。°。°。°。☆°。°。☆°。°。

ーーポツ、ポツ、ポツ。

 しばらく歩くと、雨が降ってきて、森の木々から雫が伝わる。

「月は、暗くならないと契約できないだろう。私が先にいいか?」

「ああ、そうだな! 糸の契約を先に進めよう」

 導かれているかのように足は自然と森の奥へ進み、大きなクスノキの前で立ち止まる。

ーーザアアアア。ピカーン。ゴロゴロゴロゴロ。

 雨の勢いが増し、雷が鳴った。

ーーゴゴオオオオオ。

 同時にクスノキを巻くように大きな龍が現れる。
 デカいな。
 強さが気配から感じられない。
 強さを隠しているタイプか。
 ゆっくりと私たちの方を向く龍。
 龍がふぅーっと息を吐くと、クスノキのあたりだけ雨が止んだ。

「…雅と同じ匂いがするな」

 龍が私と月を見下ろす。

「龍。はじめましてだな。天城糸だ。雅は私の母だ」

「はっはっは! 雅の娘か。通りで鼻につく」

 龍が笑って、顔を私に近づけた。
 大きい。
 私の顔は龍の鼻の大きさにも及ばないな。

「母は鼻につくような人間だっただろうか。私の記憶には、そんな母の姿は刻まれていないな」

 龍はふんっと笑いながら、また少し距離を取った。

「雅が死んでから7年か。それ以来、ワシと契約した人間はおらん。…糸、なぜワシを選ぶ」

 龍の質問に、ひと呼吸おいてから答える。

「そうするほかないからだ」

「糸、お主は知っているのか?」

「何をだ」

「契約のために、何を差し出す必要があるのかを」

「ああ、もちろんだ」

 グッと拳を握ると、月が心配そうにこちらを見た。

「糸、龍との契約には、何を差し出さなければいけないんだ?」

「坊主、知らんのか! はっはっは! それでよくバディーと言えたものよ」

「うるせえ!」と大きな龍を前に地団駄を踏む月を見て、決心がついた気がした。
 私は、心の奥底ではまだ揺れていたのだな。

「…心臓だ」

「…は?」

「龍との契約には、心臓を差し出す」

「…おい、糸。何言ってんだ? 心臓って! 差し出したら糸はどうなるんだ!」

月が慌てた様子で私の肩を持つ。

「10年しか生きることができない。母は元々は別の生き物と契約していて、私を産んだ27のときに龍と契約した。第一次宇宙戦争の方が先だったな」

「……10何後に死ぬ運命ってことか!? 糸の母ちゃんは、なんで!」

 取り乱した月を制する。
 もっと早く話しておくべきだったか。

「…地球と私を守るためだ」

 月は明らかに動揺していて、私の肩をさらに強く掴む。

「雅はワシと契約してどんどん強くなった。もともとは落ちこぼれのヤンキーだったそうだぞ。ワシは知らんがな。副隊長になった年にお前の妊娠がわかったんだと後々聞いた。それでワシと契約したと」

「…糸、母ちゃんのように今は他の生き物と契約して、その後、龍と契約したらいいじゃねえか! 何で今なんだ? 何を急いでる」

涙目になりながら訴えかける月。

「大丈夫だ、月。私は最速で隊長になると決めている。3年間の学校生活を終えれば、そこからは実力だ。学校を卒業して1〜2年で隊長になれば、5〜6年は隊長として生きていける」

「だから! 何でそんなに急いで隊長になる必要があるんだよ!」

 今にもこぼれ落ちそうな涙が月の視界を支配していた。

「……母がこの地球を私に預けたからだ。1日も早く、宇宙人が攻めてこない平和な地球を取り戻さねばなるまい。それが父と母の願いでもある」

「お前、ひとりじゃないだろ! 仲間とみんなで平和な地球を取り戻せばいい!」

「学校に通う3年間で龍との連携に慣れておかねば、隊長になる時期も自ずと遅れる。今がベストタイミングなんだ」

「10年後に死ぬんだぞ!」

 泣きじゃくる月の言葉を聞いて、改めて、現実を突きつけられたようで胸が締め付けられる。
 そうだ。
 私は10年後に死ぬのだ。
 ただ、父も母もいないこの世界で、長く生きてどうする。
 なら、短命だろうが、地球のために心臓を差し出すのも悪くない。
 私の決意は……ゆるがない。

「……どうする。糸、ワシはどちらでも構わんが」

「……気持ちは変わらない。契約する」

「相わかった」

「糸!」

 月が隣で泣き崩れ、私の足を掴む。

「考え直せ! なんでだよ! 俺じゃ頼りにならないか? 一緒に地球を守るって約束だろ! 俺…俺は糸が…!」

「月。頼む。私の意志を尊重してほしい」

 微笑んで月を見る。
 それ以上何も言わなかった。
 光に包まれ、体が宙に浮き、クスノキへと吸い寄せられる。

「龍よ、我が心臓を差し出す」


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