銀杏並木の毒舌な隣人たち『改訂版』
「何よ勝ちって? 私は別に――」

 言い返そうとした麻美子の言葉をかき消すように、その言葉を最後に、止まっていた世界の時間が再び動き出した。

 老人と老犬は何事もなかったかのように、ゆっくりと雑踏の中へ消えていった。

(……何よ。猫も鳥も、犬まで。どいつもこいつも、勝手なことばかり言って)

 鼻の奥がツンとした。

 でも、それは悲しいからじゃない。 世界が自分を放っておいてくれないことが、少しだけ可笑しかったからだ。

 麻美子は足を止め、空を仰いだ。
(幸せってなんなんだろう)

 それから、新しい一歩を踏み出すように缶ビールの蓋を開ける。
 鋭い「プシュッ」という音が秋の空気に響いた。

 白い泡が、お気にりのベージュのコートのそでを豪快に汚す。

「もっといい男を見つけてやる」

 田園調布駅の住民が行き交う中、彼女は喉を鳴らして、黄金色の液体を流し込んだ。

 さっきまで必死に守っていた『高級な私』が、ビールの泡と一緒に消えていくような気がした。

 終わり
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