雨は嫌いですか、私は好きです
 今朝はあんなに晴れていたのに。期待なんてしていなかったはずなのに。
 雨が降らなければ、こんな風に揺れなくて済んだのに。

(どうしてこんな時に限って雨が降るのっ!)

 胸の奥で苛立ちが弾ける。湿気げ癖っ毛が暴れるよりも、ずっと苛立つ。
 雨が降ってしまえば、当たり前に傘が必要になる。そうなれば、一晴と交わした約束を守らなければならなくなるわけで。
 また、胸の奥を握り締められるような、得体のしれない違和感が襲ってくる。

「……すご。マジで降った」

 窓の外見て呟いた一晴は、何処か嬉しそうに見えた。
 雨音は唇を噛み、ふっと一晴から顔を背ける。見ていてはいけないような、見られてはいけないような気がした。

(なんで、嬉しそうなの)

 昨日の約束を守れたことが、そんなに楽しいのだろうか。
 それとも、ただ単に傘が無くて困っている状況を面白がっているだけなのか。
 分からない。分からないから、余計に腹が立つ。

「……早く帰らないと、濡れますよ」

 自分でも分かるくらいに、素っ気ない言葉が口から飛び出した。
 一晴は一瞬だけ目を瞬かせて、それから苦笑する。

「うん。だからさ」

 雨脚はどんどん強くなる。昇降口の屋根を叩く音が、やけに大きい。

「頼んでいい?」

 ズボンのポケットに手を入れたまま、大きく一歩踏み出した。それだけで、開いていた距離がぐんと縮まる。
 その足の長さが羨ましい。一晴の一歩は、雨音の二歩とほとんど同じ大きさだろう。何だか無性に腹が立つ。

「た、たくさん傘があるじゃ、ないですか。別に……二人で入る必要なんて」
「はあ、分っかんないかなぁ」
「え、えぇ?」

 また一歩、一晴は大きく踏み出す。
 ずん、ずんと一歩を踏み出す度に、その歩みは速まっていった。ギリギリで保たれていた距離は、あっという間にゼロ距離になる。
 
「もういいや。この際言わせてもらう」

 ずいっと顔が近づいた。いつもの笑顔はない。

「俺、ずっと欲しかったんだ」
「……ほ、ほしっ———」
「小森さんの隣」

 ピカッと、一晴の言葉を遮るように窓の外が光った。

 ———ゴロゴロゴロ!

 その直後に、けたたましい雷鳴が廊下中に響き渡る。雨音は思わずぎゅっと目を瞑った。
 驚きはしたが、雷が落ちたお陰で間接的に一晴から視線を逸らせる。
 このまま後ろを向いて帰ってしまおう。
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