雨は嫌いですか、私は好きです
 幼い頃は笑顔に満ち溢れていた人が、大人になって笑わなくなったり。
 幼い頃はあまり笑わない子だったのが、環境の変化で笑うようになったり。
 周りにいい印象を与えるために無理して笑うようになったり。

「……ど、どういうこと?」
「そのままの意味だよ。昨日、一緒に駅まで行った時に分かったんだ」

 廊下の窓の外に投げられた目は、何処か悲しげに細まった。
 朝は晴天だったはずの空が熱い雨雲に包まれている。天気予報なんて外れて当たり前なのに、ここまで大きくハズレるのは珍しいように思う。
 雨さえ降らなければ、晴れたままであれば。
 こんな時間にこんな場所にいなくて済んだのに。と、雨音は足元に視線を落として静かに目を閉じた。

「小森さん」
「何ですか」

 もう、そうやって「小森さん」と呼ばないでほしい。
 小森さん、小森さんと呼ぶ度に一晴の表情が歪むことに雨音は気付いている。気付いていて、追求しなかった。

「少し、俺の我が儘に付き合ってくれませんか?」

 胸が、どくりと跳ねた。

(……我が儘?)

 今までの一晴から、その言葉が出るとは思わなかった。
 軽くて、器用で、誰にでも合わせられる人。そんな印象しかなかったのに。
 雨音はゆっくりと顔を上げ、ぎこちなく言葉を紡ぐ。

「……内容によります」

 出来るだけ平坦に返したつもりだった。けれど、声は僅かに震えていた。
 少しの間を開けて、一晴はふっと小さく笑う。

「そんな大したことじゃないよ」

 窓の外では、まだ強い雨が降り続いている。
 昇降口の向こう側は白く煙っていて、校門の先はほとんど見えない。

「駅まででいいから」

 そう前置きしてから、一歩だけ距離を詰めた。

「隣を歩かせてほしい」

 淡々としているのに、何処か必死だ。
 押しつけがましくないのに、逃げ道を塞ぐように確実に踏み込んでくる。

「……それだけですか」
「うん」

 雨音はぎゅっとスクールバッグの肩紐を握り締める。
 分からない。どうしてこんなに心が騒ぐのか。
 クラスの人気者と、目立たない自分。交わるはずのない線。
 なのに、昨日駅まで歩いたたった十五分が、妙に鮮明に残っている。

(安心、するって……言ってた)

 あんな顔を見せられて。あんな声を聞かされて。
 何も感じないわけがない。
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