雨は嫌いですか、私は好きです

ちょっと大きい傘

 昇降口を出た瞬間、雨音が一段と強く耳に叩きつけてきた。
 屋根を離れた途端に視界が白く煙る。アスファルトを打つ雨粒が跳ねて、小さな水飛沫が足元に広がった。

「ほら、こっち」

 雨にも負けない笑顔を浮かべた一晴が、ほんの少し隣りに立つ雨音の方へ傘を傾ける。
 それだけの仕草なのに、自然と雨音は一歩近づくことになる。肩と肩の距離が、昨日よりも近い気がした。
 二人分の足音が、濡れた地面に吸い込まれていく。
 校門を出ると、通学路はすっかり雨の景色に変わっていた。
 朝は乾いていたはずの道も、今は細い川みたいに水が流れている。排水溝はごうごうと音を立てて、雨水を飲み込んでいた。

「天気予報、外れたね」

 一晴が空を見上げ、ぽつりと呟いた。雨音もつられて空を見上げる。
 厚い雨雲が空一面を覆っていて、夕方とは思えないほど薄暗い。

「……ですね」

 昨日と同じ道。
 昨日と同じ雨。
 ただ違うのは、傘を持っているのが雨音ではなく一晴だということくらい。
 歩きながら、雨音はちらりと横を見た。
 一晴は何も言わず、前を見たまま歩いている。
 時々、雨音の歩幅に合わせるように歩く速さをほんの少し落として。

(……気のせい?)

 昨日もそうだっただろうか。
 そんなことを考えていると、急に横から声が落ちた。

「小森さんってさあ、いつも学校出んの遅いよね」
「え、あ……」
「放課後、なんかしてんの?」

 いつも。その言葉に過剰に反応してしまう。
 まるでなんてことのないように一晴は言ったが、それは自分で自分の首を絞めているようなもの。
 やっぱり、普段から見られているのだ。目が合わないのは、単なるタイミングのズレでしかない。

「そ、掃除……教室の、掃除を」
「へー。……え、一人で!?」

 問に小さく頷く。自分でも笑えるくらい、小さな動きだ。
 その仕草に一晴が驚いた反動で傘が大きく揺れる。弾かれた雨粒が雨音の眼鏡のレンズに飛び散った。

「掃除当番決めてるよね。なんで、小森さんが一人でやってんの?」
「頼まれると、断れなくて」
「何それ。利用されてるだけじゃん」
「そうかもしれないけど、私は別に気にして———」

 とん、と微かに肩に腕が触れた。

「な、成瀬さ———」

 ———ブロロロロ。
 バシャッ———。

「うわぁ! 冷たっ!」

 眼前にシャツ越しの背中が広がる。簡単に視界を塞がれる大きさだ。
 何が起きたのか分からないでいる雨音の耳に、一晴の情けない叫びが届いた。
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