第4部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない
私の迷いを見抜いたように、レイさんが口を開いた。

「……迷っておられますね」

「はい」

取り繕う気はなかった。
胸の奥にある揺らぎは、隠そうとしても隠しきれない。

「それでいいんです」

「え?」

「今は……それで」

短い言葉だった。
けれど、彼の声音は驚くほど柔らかく、
まるで、迷いそのものを肯定してくれるようだった。

その優しさが、静かに胸の奥へ染み込んでいく。

「……はい」

私は、息を整えるようにして頷いた。

音楽が、ちょうどそのとき終わりを迎える。
最後の余韻が床を滑るように消えていき、
私たちは揃って一歩下がった。

スカートの裾がふわりと揺れ、
レイさんの手がそっと離れる。
その温もりが、まだ指先に残っていた。

そして、綺麗に一礼をする。

「お二人とも、とても素晴らしかったです」

教育係の声が、静まり返った空間に落ちる。

「殿下も、レイさんも、ありがとうございました」

「いえ。では、これで失礼します」

ディランは穏やかに微笑み、
一瞬だけ、私の瞳をまっすぐに見つめた。

その視線は、ほんの刹那なのに、
時間がゆっくりと伸びたように感じられる。

——名残惜しそうに。

彼はそのまま踵を返し、
扉の向こうへ消えていった。

レイさんもまた、丁寧に一礼し、
足音を立てないように気遣いながら部屋を後にする。

残された空間には、
さっきまでの音楽の余韻と、
胸の奥に残る温度だけが、ゆっくりと沈んでいった。
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