第4部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない
『好きです』
あの時の声が、耳の奥でよみがえる。
俺の胸に預けられた重み。伏せた睫毛。
あの瞬間、確かに——俺を選んでくれた。
信じて、預けてくれた。
それを。
奪われるかもしれない?
試験という名で、値踏みされ、削られ、
壊されるかもしれない?
冗談じゃない。
王太子としての立場も、祖父への敬意も、
秩序も、規律も——
今はどうでもいい。
守ると決めた。
あの手を。
あの声を。
あの笑顔を。
失うくらいなら。
——失わせるくらいなら。
俺は、壊す。
たとえ相手が、この国の王であろうとも。
——関係ない。
ゆっくりと、剣を抜いた。
次期国王としてではない。
孫としてでもない。
ただ、一人の男として。
「……通してもらう」
剣を抜ききろうとした、その瞬間。
——きい、と音を立てて、扉が開いた。
「ディラン?」
聞き慣れた声。
反射的に顔を上げる。
「どうしたんだ、そんな物騒なものを持って」
立っていたのは、ジョルジュ陛下と——
「ティアナ……!」
思わず一歩踏み出す。
「無事か?」
「はい。大丈夫ですよ」
微笑んだ。
けれど、その笑みはどこか張りついている。
呼吸が、ほんの少し浅い。
——抱きしめたい。
今すぐ腕の中に閉じ込めて、確かめたい。
本当に無事なのかを。
だが、陛下の前だ。
俺は拳を握りしめ、その衝動を必死に押し殺した。
「……そうか」
喉の奥が、わずかに痛む。
陛下は、そんな俺たちを面白がるように眺めていた。
その視線に、嫌な寒気が走る。
——終わっていない。
扉の向こうで起きたことも、
今ここで漂う空気も、
何ひとつ“終わって”いない。
むしろ——
何かが、確実に始まってしまった。