鷹宮先輩、ズルいです〜無自覚上司の甘い溺愛〜

プロローグ

言い訳を重ねながら、後ずさる。
一歩、また一歩。
 
ドスンっとぶつかる低く音。 
 
――気づいたときには、背中にひやりとした壁の感触。
​それを打ち消す鷹宮先輩の、怖いほど甘く優しい体温。
 
わずかに鼻をくすぐる、清潔なシトラスと、先ほどあたしが飲んでいた甘いキャラメルの混じった香り。
 
​憧れてたはずの壁ドンも、
この距離では、ただの逃げ場の消失だった。
 
「へぇ……そーなんや」
 
たったそれだけの相槌なのに、
なぜか背筋が、ぞくりとした。
 
​「鷹宮先輩……っ」
 
​呼んだ声が、情けなく揺れる。
視線を上げると、キレイな指がネクタイを少しだけ緩める。
社内随一のイケメンは、余裕そのものの表情でこちらを見下ろしていた。
 
仕事では決して見せない、近すぎる距離。
 
​「そんな顔されたらな」
 
​低く落とされた声は、
からかうみたいで、でも――
逃がす気はない音。
 
​「……ほっとかれへんやろ」
 
​――その言葉。
 
ずっと、
「後輩だから」だと思ってた。
「放っておけない危なっかしい部下」だからだと思ってた。
 
でも、ネイビーの眼鏡越しに射抜くその瞳は、もう、上司のそれじゃない。
牙を隠すのをやめた、一人の男の熱そのものだった。
 
​「もう逃がさへんから」
 
​囁くような声は、
脅しなんかじゃない。
 
​――捕まえると、決めていた人の宣言だった。
 
​「覚悟しぃや?」
 

この瞬間から、
あたしの日常が、
抗えない甘さを纏って、
静かに色を変え始めた。


​――地獄のような火事の夜。

あたしを掬い上げたのは、冷徹な仮面の下に“独占欲“を隠した、この男だった。
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