ひかるくんには何でも見えている

わたしができること




「わたしは確かに、ひ……岩戸くんについて知らないこと、まだたくさんある。きっと白雪ちゃんの方が、岩戸くんについて詳しいんだと思う」


 白雪ちゃんの知らない、守り手としてのひかるくんをわたしは知っている。

 けど、それでもわたしはひかるくんと会って、まだ1ヶ月ぐらいだ。


 小学生の頃や、もっと前のひかるくんを、わたしは良く知らない。

 例え司郎さんとか、同じ小学校の七海ちゃんや白雪ちゃんとかから聞いたとしても、実際に見てきた人たちには及ばない。



「だから、気をつけるけど、また変なことを言っちゃうかもしれない。あるいは、白雪ちゃんの嫌なことを話しちゃうかもしれない」


 もちろん、そんなことは無いように気をつける。

 もう昔みたいに、知っちゃったことを勝手に話して、他人に迷惑をかけるようなことはしない。


 けど、わたしも気づかぬうちにまずいことを言っちゃう可能性だって、0じゃない。


 過去にも、他人の無意識の失言とか、たくさん聞いてきちゃったし。



「その前に、先に謝る。ごめんなさい」


「……って、その自覚があるのなら、そもそも岩戸と話すのを止めればいいじゃないの」

「ううん、それはできない。わたしだって、岩戸くんのことが心配だから」



 白雪ちゃんは幼なじみとして、ひかるくんのことが心配だろう。


 わたしは、同じ守り手として、ひかるくんのことが心配だ。



「岩戸くんは、3年前の火事のことを、すごく悔やんでる。責任を感じてる」


 3年前という言葉をわたしが言ったとたん、白雪ちゃんの顔つきが少し変わった。

「……それも、岩戸から聞き出したの?」


「聞き出したというか、ずっとそんな感じだった。岩戸くんは目が良いから、『オレがもっと早く気づいていれば』ってきっと思ってる、今も」


「そこまで、聞いてるのね」

 この言い方、白雪ちゃんもひかるくんの悩みを聞いたことあるんだ。

 魔のことを知らない白雪ちゃんには、実際とは少し違った意味で聞こえているんだろうけど。


「確かに岩戸は、とても視力が良いわ。昔から、何かを見つけるのがとっても上手かった。……でもだからって、火事の原因を見つけられなかったことまで悔やむ必要は無い、と思う」

「わたしも、そう思う」

「けどね、それを悔やむぐらい、岩戸にとってあの火事はショックだったの。いくらわたしや天野さんのような他人が『そんなことない、岩戸は悪くない』ってはげましても、岩戸の考えは変わらない」



 ……白雪ちゃんの声から、少しずつ元気が失われていく。


 白雪ちゃんは、わたしよりもたくさん、落ち込むひかるくんを見てきたのだろう。ひかるくんを元気付けようと思ったことだって、一度や二度じゃないはずだ。


 それでも、ひかるくんの火事のトラウマは、完全には消え去らなかった。



 そのトラウマを、わたしなら完全に消せるとか思い上がったことを言うつもりはない。


「うん。わたしも、悪くないって言い続けるのは限界がある、気がする」

「そうよ、わかってるじゃない」

「だから、わたしは違う方法で、岩戸くんを勇気づけたい」



「……え?」


 白雪ちゃんの表情が、驚いたように見えた。



 本当はひかるくんに言おうとしたことだけど、ここで先に言っちゃおう。

 わたしがゆうべ考えて、決めたこと。


 ひかるくんと一緒にいるために、わたしがやるべきこと。




「岩戸くんが見つけられない何かがあっても、これからはわたしが気づく」



 わたしは、真っすぐ白雪ちゃんの目を見すえる。



「……ほんとに?」


 困惑の声と表情を浮かべる白雪ちゃん。


 でもこれが、わたしがひかるくんのためにできること。



「わたし、耳が良いから。音なら、目では見えない遠くとか、壁の向こうの様子もわかる」

「それは、確かに……天野さんの耳が良いってのは、わたしも聞いたけど……」

「結構、自信あるんだよわたし。自慢じゃないけど、この間も肉屋のおばさんを交通事故から守ったり……」


 自分の能力を得意げになって言うの、今は恥ずかしいからあまりしたくないのだけど。


 守り手のことを白雪ちゃんに言えない以上、こうするしかない。



「――そういえば、七海がそんなこと言ってたわね。あの子がうそつくとも思えないし……」


 白雪ちゃんは真面目な顔になって、腕を組む。


 その間にも、いろんな声がわたしの耳には入ってくる。

「おはよう」
「あ、宿題見せてー」

 いつの間にか校内を歩く足音の数も増えてきた。生徒が登校してきているんだ。


 ここからは影になって見えない、昇降口のところの様子だって、わたしは音で感じ取れる。

 また一人、また一人と生徒が革靴から上履きに履き替えていく。



 この中に魔が潜んでいたとして、ひかるくんにはわからなくとも、わたしには魔の声でわかる。



 そうやって、わたしはひかるくんのサポートをして、ひかるくんを守る。



 元々ひかるくんから守り手としてお願いされてたことだけど、ようやく決意ができた。


 ひかるくんのためにも、わたしは頑張るんだ。




「……わかったわ」


 そして、白雪ちゃんは口を開いた。

 いつもの、鋭い口調に戻っている。


「確かに、天野さんの耳の良さは、岩戸を助けるものになるかもしれない。けど、一個聞かせて」

「何?」


「どうして、天野さんは岩戸のために、そこまでしようと思うの?」

「それは……」


 守り手仲間だから。



 ――いや、それだけなのかな。



 思い出すのは、家庭科室の火事の日の帰り道。


 悔しそうに、電柱に握りこぶしを当てるひかるくん。

 元気なく、家の階段を上がっていくひかるくん。


 あんなひかるくんは、もう見たくないのだ。


 わたしよりも、はるかにたくさんの光景を見てきた、ひかるくんの目。

 空高く飛ぶ飛行船に書かれていた広告の文字をひかるくんが読んだときには、思わず拍手しちゃった。


 あと、魔のイメージを絵にして送ってきたこともあった。

 向こうが透けて見える、黒い人型のもや。

 体育倉庫の時みたいに、魔が何か悪さをしているときは、そのもやが気味悪く笑っているように見えるのだという。


 そんな、何もかもが見えてしまうような目が、なんだか閉ざされてしまったようで。


 もったいないし、何よりその目は……わたしのことを、見てくれているのだろうか。



「美沙さん。絶対、離れちゃダメだからな」

 そんなこと言う人、今までわたしの周りにはいなかった。


 守り手仲間だから出た言葉なんだろうけど、だとしても。



 ――これからもひかるくんには、わたしのことを見ていてほしい。


 うん、この気持ち、初めて自覚できた気がする。




「わたしは、い……ひかるくんのことが――」

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