ひかるくんには何でも見えている
ひかるくんのために、わたしは

そこに、魔がいる




「……次行こう」

「待って、もう少しわたしに聴かせて」
「いや、ここには何もないよ。いてもわからない」


 ――案の定、ひかるくんはちゃんと見回りをしている感じでは無かった。


 校舎の外でも、中に入っても、立ち止まって目を凝らすこともほとんどせず。

 ゆっくりと歩きながら、周りをちょっと見渡して、それだけ。


 きっと、司郎さんにかなり厳しく言われたんだ。『辛くても、学校は行って、魔が出たときのために対応はしなさい』みたいに。
 それでいやいややってるんだ。本当は学校も来たくなかったんだろう。



 けど、それではわたしが困る。わたし1人では、魔が出たときに倒せない。

 わたしにできるのは、魔を探すことだけ。



 なら、ひかるくんの分まで、わたしが全力で、あらゆる音を聞き取って、魔を見つけるしかない。



「ううん、いたらわたしが見つける。見つけられないってことは隠れてるんだから、すぐに悪さはしないって、司郎さんも言ってたし」


 わたしはその場で立ち止まり、目をつむる。


 人の少ない2階の廊下の端っこだけど、上の階から下の階から、近くから遠くから、様々な音が絶え間なく聴こえる。


 並んで話しながら歩く女子生徒たち。
 あわててトイレに駆け込む男子の先輩。
 音楽室からわずかに聞こえるピアノは、きっと先生のものだ。



 けど、あの魔の声は、なさそう。



「……やっぱり、見つからない……ん?」


 あ、でも気になる足音が。


「どうしたの?」

「いや……そこの裏口のところを、歩いている生徒がいるっぽくて」


 わたしは、真下を指差す。


 1階の真下の位置には、校舎と校庭とを直接つなぐ裏口がある。

 でも、裏口から出入りする人を、わたしは見たことがない。生徒も先生も、みんな昇降口を使って出入りするからだ。外履きと上履きを履き替えられないし。


 なのに今、その裏口から出ていく人の音がした。多分、靴を履き替えた様子もない。



 ただ、わたしは気になったけど、ひかるくんの反応は冷たかった。



「ふーん……魔じゃないんなら、次行こう」


 そう言って、階段を降りていく。

 わたしは、素直についていくしかなかった。



 ***



 そして、昇降口まで行ってから再び外に出る。


 校舎の角を曲がると、渡り廊下の先に体育館と体育倉庫が見えて……



「……あれ」


 先に気づいたのは、ずっと遠くまで見えるはずのひかるくんじゃなく、わたしの方だった。



「ねえ、あそこにいるの白雪ちゃんじゃない?」



 わたしが指差す先には、体育倉庫に向かって歩いていく女子生徒。少し遠いけど、まだわたしの目でも見える。
 風で揺れるストレートヘアに、ちらっと見えた横顔。


「……ほんとだ。どうしたんだろ、氷川」


 やっぱり。ひかるくんが見て言うんだから、間違いない。


 もしかしたら、さっき裏口から出ていった人は、白雪ちゃんだったのかも。



 でも実際、どうしてあんなところにいるんだろう。

 今日は体育の授業は無いし。帰宅部で学級委員の白雪ちゃんが、体育倉庫に用事があるとは思えない。それも昼休みの終わりかけのこの時間に。


「誰かと待ち合わせ、とか?」


「でも、誰も見えない」

 ひかるくんは首をゆっくり横に振る。

 確かに、わたしが聞いていても人のいそうな物音はしない。


 そもそも、体育倉庫はこの前2階の床が崩れてから、入口のほんのわずかなスペースを除いて立入禁止になった。入ってすぐのところが、カラーコーンとロープで通せんぼされている。


「まあいいよ。あとは校門のところに行って終わりだ。行こう」

 関心なさそうに、ひかるくんが後ろを向く。


 わたしもつられてUターンした、その時だった。



「い、いっしょに……きて……」



 かすかなその声に、わたしは振り返る。

 ふらふらしながら、体育倉庫へ近づいていく白雪ちゃん。


「ん、美沙さん……?」

「今、魔の声がした! ひかるくん、見える!?」

「え……?」

 ひかるくんのポカンとした反応。


 ええい、もう時間がない!


「ごめんひかるくん!」

 わたしは、ひかるくんの右腕をつかんで無理やり引っ張る。

 恥ずかしいとかもう言ってられない。



 わたしが、ひかるくんが探していた魔が、そこにいるのだ。



 引っ張られたひかるくんの視線が、また体育倉庫の方へ向けられる。

 そして、わずかな間があって。



「……ああ、ほんとだ。魔がいる。……氷川に、ついてる」


 ひかるくんがそう言ったのと、白雪ちゃんが体育倉庫の開いた入口から中に消えていくのが同時だった。



 白雪ちゃんが、魔に取りつかれてる。


 しかも、危険で立入禁止になった体育倉庫へ入っていった。



 ――やばい。


 白雪ちゃんが、危ない。



「ひかるくん! 白雪ちゃんを止めよう!」
「え」


 ひかるくんの顔は、まだポカンとしてる。

 漏れ出るように聞こえてきた声からは、やる気とか元気とか、そういうのが全く感じられない。

 こんなひかるくん、初めてだ。


 そしてこのままでは、新たな魔の被害が出る。


 だったら何とかして、わたしが以前のひかるくんを引っ張りだすしかない。



「行くよひかるくん!」


 わたしはひかるくんの腕をつかんだまま、強引に駆け出す。




 体育倉庫の前まで来ると、また魔の声が聴こえた。


「あ、あなたも……いっしょ……」


 言葉は違えど、この声の調子は間違いない。


 自転車のブレーキが壊れた時も、家庭科室の火事の時も、同じ声がした。



 魔はいる。けど……


「氷川は……?」

 隣に来たひかるくんの、力ないつぶやき。

 白雪ちゃんの姿が、無い。


 体育倉庫の中は、授業や部活で使う器具は運び出されたけど、このまま取り壊す方向になっているとかなんとかで、がれきの片付けとかはされてない。
 だから今、わたしたちの目の前には木の板が散乱している。2階の床が崩れたときと同じように。


 そしてそれが無い、わずかな空きスペースには誰もいない。


 と、すると。


「もしかして、このがれきの中に……」


 考えづらいけど、そうとしか思えない。

 よつんばいになれば、がれきのすき間を何とか進んでいけそうだ。


 それに、板が積み重なった奥から、わずかに人の動いてる音がする。


「そう……か……」


 わたしの言葉を聞いたひかるくんが、両手で顔を抑える。

 半分近く残っている2階の床が、いつまた崩れるかわからない。

 白雪ちゃんはどうなっちゃうんだ。今度は、1日入院じゃ済まないかもしれない。


「やっぱり、魔につかれちゃったから?」

「うん……ああなっちゃうと、簡単には……」


 ひかるくんが答えかけたその時。




 ガタッ

「ひ、か、る…………?」
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