ひかるくんには何でも見えている
2人で、魔を倒す
「ひかるくん、右斜め前にすき間があるから、そっちに進んで」
わたしが言うと、がれきの中のひかるくんが手足を動かす音がする。
……おっと、何かにぶつかる音。
頭とがれきが当たってしまったのだろうか。でも、がれきはとがってないし、ひかるくんも痛くは無いはず。
「ひかるくん大丈夫?」
「うん、平気。それより、何か落ちてきたりは」
「それも問題ないわ」
わたしは倉庫の上の方に意識を向ける。
けど、何かが落ちそうな、崩れそうな音はしない。
……よつんばいになったひかるくんが、がれきの中に入っていってから1分ぐらいが経った。
歩けば白雪ちゃんのところまではすぐ行ける距離だけど、ひかるくんはとても慎重に進んで行く。
2,3歩進んで、わたしの道案内を待つ。
積み重なったがれきの中には、当たったらケガしちゃうとがったやつも紛れ込んでいる。
でも、がれきの中に入ったひかるくんからは、真っ暗でとがっているがれきがわからない。
そこで、ひかるくんがケガしないよう、適切なルートを見て、聴いて教えるのがわたしの役割だ。
がれきの外にいるわたしからはある程度見えるし、見えないところやひかるくんの位置は、わたしが音で判断する。
「ひかるくん、進んで良いわよ。もう身体半分ほど進んだら、今度は左斜め前」
「……わかった」
ひかるくん、白雪ちゃんが動く物音。わたしが確認のために出す、小さく手を叩く音。
それらは床、がれき、壁、天井、ひかるくんや白雪ちゃんの身体……あらゆるものに反射して、わたしの耳に入ってくる。
本気で集中して聞き取れば、目では見えないところでも、どこに何があるか、それがどんな形か、わたしなら頭の中で想像できる。
それをひかるくんに伝えれば、ひかるくんが何も見えなくても問題は無い。
「そう、そっち。あとは真っすぐ行けば、白雪ちゃんのところに着ける」
「……大丈夫?」
ひかるくんのかすかな声。
でも、わたしには問題ない音量。
「うん。上から何か落ちてくることも無い」
……これが、わたしなりの、ひかるくんを――好きな人を守る方法だ。
「……よし、見つけたぞ氷川」
それからすぐ、がれきを払いのける大きな音とともに、立ち上がってくるひかるくんがわたしからもわずかに見えた。
「ひかるくん、そっちから見える?」
わたしが声を飛ばすと、すぐ返事が返ってくる。
「うん……かなり近づけたおかげで、さっきよりは氷川が見える、かも」
そして完全に立ったひかるくんが腕を振る音。あ、もしかして空手の構え?
頭の中で、今のひかるくんと白雪ちゃんの位置を想像する。
2人の距離は、すぐ近く……
――!
「ひかるくん! 頭を下げて!」
ひかるくんがひざを曲げて頭を下げたその瞬間、白雪ちゃんの振り回したがれきがひかるくんの頭上を通過した。
「白雪ちゃんは目の前だよ!」
「了解!」
直後、ひかるくんの右手の握りこぶしが白雪ちゃんのお腹にクリーンヒット。
白雪ちゃんはお腹を抑えて、数歩後ずさり。
「い、いたい……」
声がする。
白雪ちゃんの声と、魔の声が混ざり合っている。
そういえば、魔につかれた人間というのを、わたしは見たことが無かった。
てっきり、ソンビ映画みたいに、完全に自我を無くしちゃうのかと思っていたのだが。
「ひかるくん! 白雪ちゃんは大丈夫なの! 痛がってるけど!」
たまらずわたしが叫ぶと、次の動きに入ったひかるくんからすぐ返事が来た。
「別にケガさせるほどのことはしないから! ただちょっと、我慢してもらうだけ!」
そう言いながら、ひかるくんは右足を振り上げる。
キックが白雪ちゃんの左肩付近を直撃し、声にならないうめき声が白雪ちゃんから漏れる。
でも白雪ちゃんは痛みが残ってないかのように、またすぐ動き出す。
「ひかるくん! 上から攻撃が!」
わたしの声に反応してひかるくんが一歩引くと、白雪ちゃんの持ったがれきがそこに振り下ろされる。
「右から来てるよ!」
その言葉でまたがれきをかわすと、今度はひかるくん、白雪ちゃんの両脇をつかんだ。
続いて左足で白雪ちゃんのひざを蹴りつける。バランスを崩し、白雪ちゃんの身体が不自然によろける。
そのまま、ひかるくんは相撲みたいに、白雪ちゃんを投げ飛ばした。
……今度こそ、白雪ちゃんは倒れたまま動かない。
「あ、あ、ああ……!」
苦しい悲鳴が聞こえる。
でも、白雪ちゃんのものじゃない。
白雪ちゃんの真上、何もない空中から、声だけが聞こえる。
魔だ。
きっと、魔が白雪ちゃんから離れたんだ……
「ヤーッ!!」
そこで、ひかるくんが声の聞こえたところに、思いっきりパンチを叩き込んだ。
こぶしが空を切ると同時に、魔の声が変わる。
「い、いや…………」
もがくようなそんな魔の声がだんだん小さくなって、消えた。
――もしかして。
「ひかるくん、今のって」
「うん……魔は、倒した」
それを聞いて、わたしの全身から力が抜けた。
ようやく。探し続けていた魔を、悪さを続けていつ大事故を起こすかわからなかった魔を、倒せたんだ。
もちろん、魔は1体だけじゃないから、魔との戦いはこれで終わりじゃないんだろうけど。
それでも、わたしにとっては、初めてひかるくんと協力して、魔を倒した。
良いドキドキ感?みたいなものが、わたしの中をずっと回っている。
……これからも、ひかるくんと一緒に、ひかるくんを守りながら、わたしは戦うんだ。
わたしは、好きな人を全力で守る。
***
「氷川! 氷川!」
その後、ひかるくんが少し身体をゆすると、白雪ちゃんはすぐ目を覚ました。
「ひ、か……うわわっ! 岩戸!?」
「良かった、大丈夫そうで……」
「え、えっと、わたし……あれ? ここ、体育倉庫? ……うん?」
わたしの目でもわかる。
白雪ちゃんの顔は、真っ赤だ。
「……本当にどうしたんだよ。ずっとここでうなされてたんだぞ氷川」
「は、は、はあ……?」
「とりあえず、危ないからここを出るぞ。ついて来い」
ひかるくんは、がれきのすき間に向かってまたよつんばいになる。
「えっ、あっ、うん……」
困惑の声。訳も分からなさそうだが、白雪ちゃんもひかるくんと同じ姿勢に。
そして、がれきの中を進んでいくひかるくんに、白雪ちゃんがついていく。
行きに通ったルートを戻っていくだけだから、もうわたしの道案内も必要ない。
――魔の声は、すっかり聞こえなくなった。
そういえば、魔を倒しちゃったから、昼休みにひかるくんと校内を見回りするのもおしまいになるのかな。
最初は大変だなとか思ってたけど、1ヶ月近くもやっていると、終わっちゃうのがなんだかさみしい。
それにクラスが違うひかるくんと、校内で一緒に動ける貴重な時間だったわけだし。
体育館裏、いつも先に来て待っていてくれたひかるくん。
わたしの横を歩いていてくれたひかるくん(恥ずかしくて、わたしが距離を置いちゃってたけど)。
着替える暇が無かったとかで、体育着のまま来た時のひかるくんには、思わずどきっとしちゃったなあ。
もちろん魔はちゃんと探していたけど、ついついひかるくんの顔を見ちゃうことも……
「美沙さん!」
……気づいたときには、わたしの耳には危険な音が響いていた。
バキバキバキバキ
「危ない!!!」
――ドーン!