[新連載] 恋するだけでは、終われない / お別れしたって、忘れない
第二話
……翌日の、午前中。
なぜかわたしは、自分が『卒業した』はずの三年一組の教室で。
クラスメイトの女の子を……慰めている。
最初は、授業のある海原君たちを中央廊下で見送ったあと。
放送室に戻って、ひとりで『謝恩会』に向けた作業を進めるつもりだった。
「都木先輩、せっかくなのでのんびりしてくださいよ」
「どうして? わたしたちのための『謝恩会』だよ?」
「でも、放送部のみんなが頼まれたことですし」
相変わらず海原君は。
三年生に甘いというか、わたしにやさしくて。
「じゃぁ、適度に進めておくでどう?」
「それなら……ご自由にどうぞ」
でも実はいろいろ終わらせておいて、驚かそうと。
「いってらっしゃい!」
手を振ってから、歩きだした次の瞬間。
「みっ、美也っ……」
突然、涙声で呼ばれたと思ったら。
「お願い、しばらく一緒にいてっ!」
その子に頼まれたわたしは、そのあとずっと。
……彼女の話しを、聞いている。
「そ、卒業したらね……離れ離れの大学になるからって」
「う、うん……」
「電車でたった三十分離れているだけなのにね……」
引っ越しの準備をしていたら、急に『気づいた』といわれて。
いったい、なんのことかと登校したところ。
隣のクラスの男子と……『お別れ』する羽目になったらしい。
「いろんな思い出ありがとうとか、お互い頑張ろうとかさ……」
実際のところ、ふたりがお付き合いしていたことさえ。
わたしは……知らなかったのだけれど。
「いきなりだよ! ひどくない!」
その子は、泣きながらわたしに。
「そう簡単になんて、切り替えられないよね!」
……『お別れしたって、忘れない』のだと訴える。
「ねぇ、美也ならこの気持ち。痛いほどわかるよねっ!」
ただ……どうしても気になるのだけれど。
「だから美也、お互い前に進もうね!」
あの……どうして。
……わたしも、『一緒に』されているの?
「えっ……?」
「な、なにかな?」
「……もしかして美也。まだ『あの彼』と別れてないの?」
「えっ……」
つい数秒前まで、目の前で泣きじゃくっていたはずの彼女が。
自分の失恋を一瞬で忘れたような顔になると。
「嘘でしょっ! まだ付き合う気なの!」
グイグイと、わたしに迫ってくる。
「あ、あの……そもそも。『海原君』とはそういう関係じゃないし……」
しまった、自分から個人名を出してしまった。
ただ、彼女の興味はわたしの『思いびと』が誰かではなくて。
「じゃぁやっぱり『二年のあの子』が彼女なの?」
あ、あぁ……。
「まさか、彼の『同級生の子』だったとか?」
いったいなんなの、この展開?
「ねぇ、美也!」
その子の失恋の傷は、とっくに消えてしまって。
「教えて。美也じゃないならいいでしょ!」
いつのまにか話題が、わたしまで飛び越えて。
「彼女って、いったい『どの子』なの!」
海原君の『お相手探し』に……変わってしまっている。
ちなみに、余談ながら放送部には現在。
二年生も一年生もいまや『複数』存在しているけれど。
この子はいったい、誰のことをイメージしているのだろう?
おまけに、その妄想はどんどん膨らんでいって。
ついに彼女は一周回って元に戻ったように。
「いや、やっぱ美也でしょ」
勝手に『お相手』だと結論づけると今度は。
「なのに……どうして付き合ってないの?」
ある意味、核心をつくようなことを。
「ねぇ、どうして!」
……グサリとわたしに、聞いてきた。
「あの……美也ちゃん?」
「う、うん。由衣……」
なんというか、タイミングが悪かった。
「わたし、放送室の鍵が……必要だっただけなんですよ……」
「わ、わかってるよ!」
たまたま美也ちゃんの教室の扉が開いていて。
おまけに美也ちゃんに『斬り込んでいた』先輩が、大声でいうものだから。
……聞こえて、しまった。
わたしと目の合った美也ちゃんは、めちゃくちゃ驚いて。
慌てて立ち上がってから、駆け寄ると。
わたしの手を引っ張り、そのまま教室から『緊急脱出』する。
だから、さすがのわたしも。
話しの途中じゃないんですかとはいえなくて。
美也ちゃんに連れられ、中央廊下まで戻ったところ。
「うわっ!」
美也ちゃんがようやく。
「ごめんね!」
わたしの手を握っていたことに、気がついたものの。
……なぜかお互い、その手を離すことはしなかった。
「由衣の手って、意外と冷たいね」
少し落ち着いたみたいで、美也ちゃんがそういってから。
「え、えっと……」
二つも先輩なのに、すっごくモジモジしながらわたしを見る。
「平気です、全部は聞こえていません」
ただ逆にいうと、一部は聞こえてしまったのだけれど。
……別に誰かと『共有』したいとは、思わない。
「美也ちゃんの手、意外とあったかいですね」
「えっ?」
理由はまぁ、わかるけど。
「冗談ですよ」
「ちょっと由衣、やめてよねぇ〜」
その『解答』を聞き損ねたのは事実で。
ただ、知らないほうがいいというか。
実のところわたしは……知りたくないのかもしれない。
「そういえば由衣って、授業中だよね?」
「なんですけど、『あの先生』が」
わたしは、わたしたちの顧問で。
あと、『美也ちゃん推し』の『あの』藤峰佳織をネタにしながら。
手を繋いだまま、放送室へと向かっていく。
「授業中に、いきなり顔が近くにきたと思ったら」
「うんうん」
「クリームパン、保健室の冷蔵庫に入れてこいですよ。おかしくないですか?」
「まぁ佳織先生だもん。普通だよ」
「ホント迷惑。だいたいそういうことなら……」
わたしは、思わずアイツの名前を口にしそうになって。
慌ててそこで、話しをとめる。
「きょうは……どうして由衣だったんだろうね?」
でも美也ちゃんはやさしいから。
そういって、アイツの名前を出さずにいてくれて。
「えっと、それはですね……」
そんな美也ちゃんに、ここで隠すのも嫌だからと。
わたしは、その理由を告げることにする。
佳織先生の策略は、めちゃくちゃわかりやすくて。
「海原君さぁー。いろいろ『準備』とか、したいよねー」
だったら三学期の残りの授業は。
すべてのプリントを終わらせたら『一年生部員』は公欠にすると。
「もう『担任』とも共有済みだから」
副顧問・高尾響子。
要するにわたしたちの担任の名前まで出してきて。
……美也ちゃんとの時間を増やせと、アイツにけしかけた。
「あ、ごめんなさい」
「いいよ、平気」
握ったままの手に、思わず力が入ってしまって。
ひょっとすると、わたしの悔しさが伝わったかもしれない。
ただ、美也ちゃんは嫌な顔など少しもせずに。
「教えてくれて、ありがとう」
逆にわたしに、ほほえみかけてくれる。
「もうすぐ、お別れだもんね」
美也ちゃんたち三年生の、最終行事の『謝恩会』。
それはわたしたち放送部が、『お別れ』する先輩たちのために。
お手伝いできる……最後のチャンスで。
その日は、着々と近づいている。
……美也ちゃんのためなら、アイツはなんだって頑張れる。
そう思うとわたしは、また美也ちゃんを握る手に力が入りそうで。
かといって……急に離すわけにもいかなくて。
これ以上は、手がこわばらないようにと。
……必死に、必死に耐えていた。