[新連載] 恋するだけでは、終われない / お別れしたって、忘れない

第四話


 ……それから、数日後。

海原(うなはら)君と玲香(れいか)、お疲れっ!」
 僕たちが、山のようなプリントを頑張った褒美にと。
「以後『午後の授業』を、公欠扱いとする」
 藤峰(ふじみね)先生が、放送室で力強く宣言したのだけれど。

「……え?」
「あの……佳織(かおり)先生?」
 玲香ちゃんと僕は、思わず顔を見合わせてしまう。


「なに?」
「いえ、先生」
「なに、海原君。どうかした?」

「いえ……続きは玲香ちゃんが……」
 きっと僕では、話しにならないだろうと。
 玲香ちゃんに助けを求めたものの。

「……(すばる)君、なに?」
 あきらかに……玲香ちゃんは怒っている。



「そっか〜、もう短縮授業だったかぁ〜」
 いったい、この先生は。
「でもほら、わたしたち教師は授業がなくても仕事あるしねー」
 どこまでがワザとで、どこからがテキトーなのだろう?

「では、生徒の視点として」
「なになに?」
「午前中で授業が終わるのに、午後から公欠って意味ありますか?」
「ない!」
 藤峰先生は、無駄に胸を張って答えると。

「ま、学力は人生の重荷にはならないから。よかったじゃない」
 本来は、少しは『徳』になりそうな話しなのに。
「どう名言でしょ?」
 先生が自分で、ありがたみを薄めている。


「済んだことなので、もういいです」
 僕としては、おとなの対応で終わらせようとしたにも関わらず。
「なにそれー」
 先生は悪魔的なほほえみになると。

「もしかして海原君、美也(みや)と朝からずーっと一緒にいたかった?」
 またこちらに……爆弾を投げ込んでくると。
 一瞬遅れて、大きめな音がバサリとして。
 都木(とき)先輩が、ファイルの山を崩して慌てている。


「あれ! もしかして美也?」
 絶好調の藤峰先生が。
「えー。いつからそこにいたのー」
 今度は先輩に、ターゲットを切り替える。

「えっ、えっ?」
「なに美也、聞こえちゃってたー」
 慌てる先輩に、ワクワクした顔で近づく先生。

 ところが。どこまでも暇な、そのおとなが。
 もう一度なにかいいかけたところで。


 ……玲香ちゃんが、先生の前にヌッと現れた。


「……えっ?」
「先生、どうぞ」
「い、いやわたし……」
「いますぐ、一気にどうぞ」
 座った目をした玲香ちゃんが。
 湯気ののぼる湯呑みを、先生にすすめている。

「ほら。わ、わたし猫舌でしょ?」
「それが……どうかしましたか?」
「あ、あとで飲むね」
「いますぐ、どうぞ」

 僕はふと、小学校の遊び友達だった頃の玲香ちゃんを思い出す。
 この迫力、絶対に断れないその怖さ。
 いうことを聞かなければ、地獄がやってくる。
 そんな肌身に染みたこの感覚。

「先生、逆らわないほうがいいですよ」
 思わず僕が……ニヤリとして告げたところ。


「えっ……?」
 玲香ちゃんがなぜか、僕の前にも湯呑みを置いて。
「昴君も飲んでね」
「えっ……」
「頑張った『動機』が不純」

 僕を無慈悲な目で、ジッと見ると。
「早く飲んで」
 容赦はしないと……宣言した。






「……海原くん?」
 腕組みした玲香と、その前で縮こまっている彼と佳織先生のようすからして。
 なにかのお仕置きでも……していたのかしら?

月子(つきこ)、『午後から公欠』だって」
 なるほど、佳織先生にお怒りで。
 あとはきっと海原くんが……余計なことでもいったのだろう。

「頑張ったのに、残念ね」
「騙されたのに、それだけ?」
「学力は、人生の重荷にはならないわ」
「その言葉、きょうはご利益あんまりないよ」

 よくわからないけれど。
 ただ、そのひとことで。
 どうやら玲香は気持ちを切り替えたらしく。

「みんながきたら、打ち合わせしますんで。洗ってきてください」
 ふたりに指令を出して、早くいけと部室から追い出してから。
「月子、お菓子食べよ」
 珍しく、自分から。
 佳織先生が隠しているつもりの、おやつボックスを開けていた。




 そんなことが、あったあと。
 みんなが揃った放送室では。
 それぞれがきょうも、学校の便利屋・放送部として。
 さまざまな『雑用』をこなしていている。

 まずは卒業生の『謝恩会』。
 次に、来年度にいよいよ発足することになった『生徒会』の仕組みづくり。
 それに加えて……。

「追加で入学式と、新入生向けのオリエンテーション『一式』ですか?」
「まぁ、『とりあえず』そういうことかな?」
 わたしの問いに、副顧問の響子(きょうこ)先生がのんびりと答えると。

「そのうちもっと回ってきたら……ごめんね」
 引き続き反省中の佳織先生が、やや遠慮がちに。
「なんといっても……つぼみちゃんだよ?」
 でも、ふたりのボスの寺上(てらうえ)つぼみ校長が諸悪の根源で。
 自分たちはあくまで頼まれただけだと、ちゃっかり主張している。


 山積みの案件を前に。
 美也ちゃんが卒業したら、大幅な戦力ダウンで。
 ただ、唯一の朗報は……。

「『生徒会』に、期待するしかないですねー」
 そう、由衣(ゆい)のいうとおり。
 来年度のどこかの段階で、わたしたちは。
 これらの『雑用』に追われる日々からきっと。

 ……『お別れ』できるのだろう。


 ただその先に、どんな日常が待ち受けているのか。
 わたしにはまだ……わからない。


「ちょっと月子」
「えっ?」
「ちゃんと集中して。仕事が遅くなる」
 玲香はそれだけいうと、すぐに自分の書類をめくりはじめる。

 その表情は、いつものようにクールで変わらない。
 ただ、なんだか彼女は。


 ……どこか、いままでとは違っている。


「ちょっと月子、また手がとまってる」
 再度玲香に指摘されたわたしは。
「ご、ごめんなさい」
 素直に答えてから、思わず美也ちゃんと……顔を見合わせる。

 その表情は、わたしと同じことを感じているらしく。
 あとはおそらく、どちらかが玲香に声をかけるしかないと。
 互いにそこまでは……理解していたものの。


 結局わたしたちは、その時間を作れないまま。


 次なる『難問』に……直面することとなった。





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