きみが春なら

Side.I

「イーヴァン。シャワー空いたぞ……って。まーたそこで呆けてんのか」

同居している仕事仲間に笑われる。いつものように窓枠に腰かけ、ぼうっと外を眺めていた。

「お前、何時間もそこにいるよな」
「いいだろ。別に」
「故郷に置いてきた恋人でも想ってるってか?」

冷蔵庫から何か取り出す音がする。思いがけず図星を突かれたが、あまりに見事な満月に見とれていて反応するのを忘れた。

「代わりの女、適当に見繕っちまえ。お前なら不自由しないだろうが」

酒を流しこんでぷは、と息を吐き彼はラジオを付けた。流れてくる言葉は未だ理解できないものも多い。

「……いないんだよ、代わりなんて。世界中のどこにもな」

わざと聞こえない音量で呟いた。


噂話すら届かない、ロシアから遠く離れた町で。俺はその日その日を何とか暮らしていた。
ハルと離れもうすぐ一年が過ぎようとしている。

『大好きよ。』
彼女の言葉で奮い立ち、笑顔を思い出しながら眠りに落ちる日々だ。

必ず迎えにくる、なんて。
待っていてくれ、なんて。
あまりに無責任だったと今更思う。

こうして離れている間に、いったい何度泣かせてるんだろう?
例えば、また銃声がした時。怯える君の側には誰がいるんだろう。
考え始めると胸が絞られるように痛む。仕事仲間の寝息がいつの間にか聞こえてきた。


「ごめんな……ハル」


月がひとつで良かった。
彼女も同じものを見上げているかもしれないと思えるから。
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