洛陽夜曲
六穣会
彼女は呼吸ひとつ分の沈黙を経て、『はい』とだけ告げた。
彼女の沈黙という深淵に、どのような想像が沈んでいるのか。
彼は一瞬その淵を覗き込もうとしたが、すぐにそれを止めた。
ただ静かに言葉を紡ぎ、その静寂を破る。
「そういうたら、まだ名前をきいてへんかったなぁ。君なんて名前?」
「鈴華、、、槇村鈴華です」
「鈴華、、、ええ名前やな。、、、で、君何者やの?カタギの娘が
血生臭い九条組の『顔』に辿り着くはずがあらへん」
「私はしがない小娘にすぎません。
ただ、父が六穣会という場所に身を置いておりますので、
普通の方なら知り得ないようなことが、自然と耳に届いてしまうのです」
「六穣会の槇村やと⁉」
溢れ出したその名が、車内の空気を凍りつかせた。
戦慄が指先から全身へ伝わり、思考するよりも早く、
彼は無意識にブレーキを蹴り抜いていた。
不快なタイヤの悲鳴が、
彼の心の動揺を代弁するように夜の静寂を切り裂いた。
六穣会といえば大阪に籍を置く
公安委員会から主要暴力団として位置づけられた博徒系の組織である。
彼の動揺は、いわば必然であった。
その驚きは、本能が鳴らした警鐘に等しい。
槇村という男は、その組織の頂に、
絶対的な審判者として君臨しているのだから。
「君、、、槇村会長の娘はんやったんか」
「血は繋がっていません。盃を交わしたわけでもありませんが、
あくまで渡世での親子関係のようなものです」
彼女の言葉は彼の胸の奥底に波紋を広げた。
心底で思うことはいくつもあったが、彼はそれを喉の奥へと静かに埋葬した。
高鳴っていた鼓動を鎮め、彼は再びアクセルを踏んだ。止まっていた時間が、また動き出す。
「それで……あの会長の愛娘、わざわざこの洛中にまで足を運んだのは、
単なる観光ではあらへんのやろう?どないな算盤を弾いてはる?」
若頭としての冷徹な眼光が、まるで抜き身の刀のように彼女を捉え、
一切の言い逃れを許さぬ圧を伴って言葉を突きつける。
彼女はただ、窓に映る景色に心を奪われていた。
その瞳には、彼が投げかける焦燥も熱量も微塵も映っておらず、
まるで彼だけがこの空間から消し去られたかのような、残酷なほどに清らかな静寂が彼女を包んでいた。
彼女の沈黙という深淵に、どのような想像が沈んでいるのか。
彼は一瞬その淵を覗き込もうとしたが、すぐにそれを止めた。
ただ静かに言葉を紡ぎ、その静寂を破る。
「そういうたら、まだ名前をきいてへんかったなぁ。君なんて名前?」
「鈴華、、、槇村鈴華です」
「鈴華、、、ええ名前やな。、、、で、君何者やの?カタギの娘が
血生臭い九条組の『顔』に辿り着くはずがあらへん」
「私はしがない小娘にすぎません。
ただ、父が六穣会という場所に身を置いておりますので、
普通の方なら知り得ないようなことが、自然と耳に届いてしまうのです」
「六穣会の槇村やと⁉」
溢れ出したその名が、車内の空気を凍りつかせた。
戦慄が指先から全身へ伝わり、思考するよりも早く、
彼は無意識にブレーキを蹴り抜いていた。
不快なタイヤの悲鳴が、
彼の心の動揺を代弁するように夜の静寂を切り裂いた。
六穣会といえば大阪に籍を置く
公安委員会から主要暴力団として位置づけられた博徒系の組織である。
彼の動揺は、いわば必然であった。
その驚きは、本能が鳴らした警鐘に等しい。
槇村という男は、その組織の頂に、
絶対的な審判者として君臨しているのだから。
「君、、、槇村会長の娘はんやったんか」
「血は繋がっていません。盃を交わしたわけでもありませんが、
あくまで渡世での親子関係のようなものです」
彼女の言葉は彼の胸の奥底に波紋を広げた。
心底で思うことはいくつもあったが、彼はそれを喉の奥へと静かに埋葬した。
高鳴っていた鼓動を鎮め、彼は再びアクセルを踏んだ。止まっていた時間が、また動き出す。
「それで……あの会長の愛娘、わざわざこの洛中にまで足を運んだのは、
単なる観光ではあらへんのやろう?どないな算盤を弾いてはる?」
若頭としての冷徹な眼光が、まるで抜き身の刀のように彼女を捉え、
一切の言い逃れを許さぬ圧を伴って言葉を突きつける。
彼女はただ、窓に映る景色に心を奪われていた。
その瞳には、彼が投げかける焦燥も熱量も微塵も映っておらず、
まるで彼だけがこの空間から消し去られたかのような、残酷なほどに清らかな静寂が彼女を包んでいた。