清く正しく美しく
あなたの全てが
理玖は何も言わずに琴葉の背中と足に手を添えると、優しい手つきで横抱きにした。突然両足が宙に浮き、一瞬思考が止まる。
「・・・・・・理玖くん?」
すぐそこにある横顔を見上げて名前を呼ぶと、目が合う。熱い眼差しに、心臓がどきんと跳ねた。
理玖の瞳に吸い寄せられて離せないでいると、理玖の顔が近づいてきた。唇が音を立てて軽く触れると、すぐに離れていってしまう。そのまま琴葉の靴を脱がせて玄関に並べると、リビングに進んでいった。
理玖はソファに琴葉を運んで座らせると、隣に腰を下ろす。流れるように琴葉を引き寄せ、背中に腕が回った。
「・・・・・・ごめん」
「・・・・・・理玖くん、嫉妬してくれたんですか?」
そう聞くと、理玖の腕の力が少し弱まった。
「そうだよ。琴葉さんが豆原の魅力を語ってたって聞いて、居ても立ってもいられなかった」
――ああ、嬉しいなあ。少しひどいかもしれないけれど
拗ねたように言う理玖に、愛しさが込み上げてきた。その衝動のままに、琴葉の肩口に顔を埋める理玖の頭を撫でる。
細くてふんわりした髪の毛が、指の間を通り抜ける。指を通すたびに、ほのかにシャンプーの香りがした。
「理玖くんの魅力は――数えきれないくらいありますよ」
「・・・・・・本当に?」
「はい。全てが素敵で、大好きです」
彼の魅力を全部話していたら、いくら時間があっても足りない。だから、最大限伝わるように、心を込めて言った。
琴葉の肩口に顔を埋めていた理玖が、顔を上げて、花が綻ぶように、ふわりと微笑む。
「俺も、琴葉さんの全てが愛おしいよ」
琴葉は一度ゆっくり瞬きをして、理玖の言葉を咀嚼した。
凄いことを言われた気がする。こんなに嬉しいことは今後起きないんじゃないかと思うほどのことを。
ふいに鼻の奥がツンとした。理玖はそんな琴葉の頬に優しく手を添えて、包み込んでくれる。理玖の手は全てを包み込んでくれそうなほど大きくて、温かい。
目が合うと、目を細めて優しく笑ってくれて、琴葉も自然と頬が緩んだ。
それから――どちらからともなく唇が重なった。
唇が軽く触れて、離れる。心がじんわりと温かくなっていくような穏やかな口づけ。目が合うと、自然と笑い合っていた。
嬉しくて、でも、照れくさくて、くすぐったくて。目を少し伏せていたら、理玖に抱き寄せられた。
「情けないところ見せちゃったから、止めておこうと思ったんだけど・・・・・・」
理玖の手が、優しく背中を撫でる。
「琴葉さんが豆原と、二人だけの秘密増えてくの、嫌だ」
琴葉の背中を撫でていた手が止まり、よりぎゅっと抱き締められた。
「・・・・・・お付き合いする時に聞かれたこと、まだ答えていませんでしたね」
あの時、理玖は琴葉が話したいと思ったら教えてほしいと言っていた。それ以来、あの時のことを理玖が話題に出すことはなくて、琴葉も――勇気が出なくて、言ったことはない。
「うん。琴葉さんが言ってくれるの・・・・・・・ずっと待ってた」
ああ、あの時から、ずっと待ってくれていたんだ。琴葉が話すまで、気にするそぶりを見せずに。
琴葉を急かすこともせず、ずっと。
あれから、多くの時間を過ごしてきた。いつも優しい眼差しで見てくれていて、大きな腕で包み込んでくれた。
まだ、どう思われるのか、不安な気持ちはあるけれど――それでも、理玖ならきっと受け止めてくれる。そう思えるだけの信頼関係を築いてきた。
「・・・・・・私の愛読書なんですけど」
「谷崎潤一郎でしょう。今ゼミで研究してるよね」
「それもそうなんですけど・・・・・・他にも、いろいろ、読んでまして・・・・・・」
やっぱり言いにくくて、ここで言い淀んでしまった。そんな琴葉に、理玖は背中をポンポンと叩いてくれた。
まるで、言いたくなければ言わなくてもいいよ、と言ってくれているように。
――本当に、私のことを大切にしてくれてる
「・・・・・・官能小説を、読んでます」