清く正しく美しく

 

 琴葉は通学路にあるゴミを拾って袋に入れ、空を見上げた。雲ひとつない青空がどこまでも続いている。気持ちの良い朝だ。



――目をつぶらない。ボールをしっかり見る。力みすぎず、でも力を抜きすぎない。



 あの日、理玖に教えてもらったことを頭の中で反復する。すると、密着した理玖の身体と体温まで思い出しそうになって、琴葉は慌てて頭を振った。



 月島くんは善意で特訓してくれたんだから!邪なことは考えない!



 でもやっぱり、あの日のことを思い出すと、月島くんが細そうに見えて意外としっかりした身体つきだったこととか、シャボンのような爽やかな匂いが頭から離れてくれない。そうなると、もう、月島くんのことしか考えられなくなってしまう。


 こんな風に誰かのことで頭がいっぱいになるなんて、初めてだ。




 グランドは熱気に包まれていた。



 人だかりから離れた隅の所で、琴葉はサッカーの試合に出ている理玖の応援をしていた。



「月島くんすごいね。ハットトリック決めてるじゃん」



 凪の言葉に、言葉は何度も頷いた。彼は一人で何度も得点を入れている。



「本当に。速すぎてあんまり目で追えないんだけど、凪は全部見えてるの?」



「うん。まあ、月島くん目立つしね」



「いいなあ」



 こういう時、運動神経の良い凪のことが羨ましくなる。

 

 目まぐるしく変わる戦況に目が追いつかないけれど、これだけは辛うじて見える。まるでボールが月島くんに吸い寄せられているように、気づいたらボールを持っていて、ゴールに向かって走っている。



「のど渇いたから飲み物買ってくるけど、琴葉はどうする?」



「私はここで見てるよ」



「分かった。何かほしい飲み物ある?」



「ううん、大丈夫。ありがとう」



 凪が自販機へ向かった。残った琴葉は、サッカーの試合を見守る。目を凝らして理玖を探すけれど、すぐに見失ってしまった。



 ふと、隣に誰かが座る気配がした。凪が帰ってきたのかと思って隣を見ると、豆原さんが腰を下ろしていて、琴葉は飛び退いた。



「すっごいあからさまなリアクション」



 豆原はそう言うと、目を細めて笑った。



――え!?どうしよう



「あ、待って、逃げないで」



 琴葉がパニックになりながら凪を探しに行こうとすると、豆原は腕を掴んで止めてきた。



「図書室で見たこと、誰かに言うつもりないから安心してよ。誰にも知られたくないんでしょ」



 優しい声で豆原は言った。意外な思いで豆原を見るとウインクをされ、拍子抜けしてしまった。



「あんだけ逃げられれば分かるよ」



「・・・・・・すみません」



 図書室の一件以来、琴葉は豆原から逃げ続けている。豆原を見かけた時の琴葉の態度は、気持ちの良いものではないだろう。

 

 そう思って謝罪すると、豆原は「別に気にしなくていいよ」と笑ってくれた。



「俺さ、ちゃらんぽらんに見えるらしいんだよ。こんなだから」



「・・・・・・はい?」



 突然はじまった豆原の話に、琴葉は首を傾げた。何故その話を琴葉にしようと思ったのか全く分からず、混乱したものの、豆原は気にせず続けた。



「女の子はみんな可愛くて大好きだし、見てくれも悪くないから、寄ってきた子を拒んだことはない。来る者拒まず、去る者追わずだから、必ず最後に俺の本当の気持ちが分からないって付き合った子に振られるんだけどね」



豆原の声が、妙に寂しげに聞こえた。



「だから琴葉ちゃんみたいな真面目な子と付き合ったらどうなるんだろうって思って近づいたんだろうな、今思うと」



「へっ!?」



 急に琴葉の名前が出てきて、素っ頓狂な声が出てしまった。豆原はケラケラ笑って「ごめんな?」と言う。



「いろんなちょっかいを琴葉ちゃんにかけてたらさ、凪ちゃんに怒られたよ」



「えっ!?」




 琴葉は目を見開いた。凪は琴葉に何も聞かずに助けてくれていたけれど、豆原に怒っている姿を見たことはない。だから、琴葉の知らない所で怒ってくれていたことになる。



「凪ちゃん、いい友達だね。琴葉ちゃんのことをすごく大切にしてる」



「はい。私にはもったいない友達です」



「その時に凪ちゃんに言われたことがすっごい刺さってさ~」



 そう言うと、豆原は寝転んで腕で顔を覆った。腕で隠されているから表情はよく見えないけれど、何となく赤い気がする。



「凪ちゃんのこと、好きになっちゃった。柄にもなく、本気で」





 一瞬、言われたことを理解できなかった。だいぶ経ってから意味を理解し、「えええええ!?」と絶叫してしまった。



「でもさ、凪ちゃんは俺みたいな奴、嫌いだよね」



 何と返したらいいのか分からなかった。凪は恋愛に対しては潔癖な所がある。凪が誰かに恋をしている所も、琴葉が知る限り、見たことがない。

 
「・・・・・・豆原さんは、どうして凪のことを?」



「う~ん、言語化が難しいな。顔はすっごいタイプだけど」



 キリッとした瞳とか綺麗でいいよね。真っ直ぐな姿勢も好き。

 

 そう言われて、琴葉は反応に困った。


 確かに凪は切れ長の綺麗な目をしていて、パーマがかかったショートの黒髪が似合っている美人さんだ。でも、凪は見た目だけじゃなくて、中身も素敵なのに。



「そんな警戒しないでよ。中身にも惚れてるから」



 考えていたことを的確に指摘されて、琴葉は自分を守るように胸の前で手をクロスさせた。そんなに顔に出ていたのだろうか。



「真っ直ぐな生き様がカッコいいよね。自分をしっかり持ってる感じ。凪ちゃんの考え方とか、行動も含めていいなって思ってる」


「・・・・・・そうですか」



 豆原さんが思っていたよりも本気で凪のことを想っていることが分かった。それなら、琴葉は何も言うことはない。凪が豆原さんに振り向くのかどうかは分からないけれど。



「てことで、今まで振り回してごめんね。凪ちゃん、探して来るわ」 




 豆原は身体を起こすと立ち上がり、琴葉に手を振っていった。
 

「豆原さん!」




 琴葉が名前を呼ぶと、豆原は立ち止まって振り返った。
 


 凪が豆原さんに恋をするのかは分からない。お兄さんへの態度を見ていると、豆原さんは苦手なタイプだろうし。それでも、琴葉にケジメをつけに来て、凪と向き合おうとしている豆原さんを眩しいと思う。



「ファイト!です」



 琴葉が両手を握りしめて言うと、豆原が破顔した。今まで見てきたような余裕綽々な笑顔ではなく、男子高校生らしい屈託のない笑顔だった。



「琴葉ちゃん、ありがとう」



 遠くの方で、ペットボトルを片手に戻ってくる凪が見えた。豆原も気づいたようで、凪に声をかけている。凪は嫌そうな顔をしているけれど、豆原はめげていない。



 凪が嫌なら豆原さんの応援は難しいかなあ。




 心の中で豆原に謝りながら二人の様子を見ていると、別の方向から視線を感じた。そちらの方を見ると、試合を終えたらしい理玖と目が合った。











*****



天童さんが、豆原と楽しげに話していた。警戒している様子は微塵もなく、笑顔も柔らかい。少し前までは豆原に怯えているようだったのに。やっぱり、豆原のことが好きで、どんな態度を取ったらいいのか分からなくて避けていただけなのか?

 理玖は、自分の奥底から渦巻いてきた感情に戸惑った。今まで、こんな気持ちになったことはない。

 思わず、天童さんの方を一歩踏み出そうとした時、チームメイトに呼び止められた。

「何してんだ?次の試合はじまるぞ」

「ああ、うん。すぐ行く」

 慌てて笑顔を貼り付け、理玖は後ろ髪を引かれながら戻っていった。

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