今日、愛する妻が死にました。
受験シーズンが来ると、あけみは圭吾と同じ予備校に通った。
片時も離れずに、そばに寄り添った。
影に隠れて、ずっとーーー。
「.....山本くん?」
「......え?」
「初めまして。私、久能のぞみ(くのう のぞみ)。隣、いいかな?」
.....ねぇ、あなた誰?
......どうして『私だけの』山本くんに話しかけてるの?
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やがて冬が来て、受験シーズン本番。
「.....あの。山本、くん?」
「あ....久能さん。はよ。....君も、先生に報告?」
「おはよう!うん!.....山本くんも?」
「あぁ。合格したんだ」
「私も!ふふ、ホッとしちゃった。おめでとう」
「だよな~。もうずっと生きた心地しなかったもん。久能さんも、おめでとう」
「あ、ありが、と。あの.....もし、良かったら、この後お祝いでもしない?.....あ、えっと....もし嫌じゃなければ、二人で.....とか」
......ねぇ、どうしてあなたが、それを言うの?
......私の、山本くんに。
.......彼は、『私だけの』山本くんなのに。
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「ふふ、嬉しい。本当に、現実だよね?....私、山本くんの『彼女』になったんだよね?」
「.....なんだよ、可愛いな。当たり前だろ。.....の、のぞみ.....は、僕の『彼女』。これから宜しくな」
「.....うん、宜しくね。.....圭吾。大好き」
「僕も.....大好きだよ....のぞみ」
......どうして?
......山本、くん....どうして、他の子の名前を呼ぶの?
......あなたは『私だけ』の山本くん、でしょ?
.......どうして、そんな子に....キスするの?
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圭吾とのぞみの部屋が決まれば、あけみも同じく家を出て、上京。
のぞみとは、反対側の.....圭吾の『お隣』の部屋を契約した。
「本当!?じゃ、私たち、これからお隣さん、なんだね」
「はは、めっちゃ喜ぶんだな。そう、大学も近いし。家もちょうど隣同士が空いてたから、お隣さん。仲良くしてくれな」
「もう。ふざけちゃって。ふふっ、大学生活、すっごい楽しみになってきた」
「可愛い。....僕も楽しみだ。嬉しいよ、のぞみの近くにいられて」
.....ねぇ、山本くん。
.....大丈夫。私もそばに居るからね。
......そんな子、そのうち『いなくなる』から。
......私も、これからあなたの『お隣さん』よ。
......ずっと、ずーっと.....一緒だよ。
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「.....結婚しよう、のぞみ。ずっと僕のそばにいて」
「.....ぐすっ。は、はいっ......もちろん、だよ。ずっと一緒に居よう、圭吾...」
......えぇ...嬉しい、『圭吾』。
......やっとプロポーズしてくれたね。古い『のぞみ』に。
......見て?私、痩せたでしょ?
......髪型も。服装も。仕草も。その子にそっくり、でしょ?
......あとは.....少しだけ待っててね。
.......もうすぐ、完璧に『のぞみ』になるから。
.......少し痛いのくらい、平気。顔まで、『のぞみ』になったら、ね?
......そうしたら、あなたはやっと『私だけの』圭吾、よね?
あぁ、でもーーー。
顔を作り変える前に、結婚式には出ておかないと。
大丈夫よ。私には、鍵があるもの。
少しの間、圭吾が失くしてくれた家の鍵。
その時に、合鍵、作っておいたもの。
あなたたちが居ない間に、書き加えておくね。
だって、見ておかなくちゃ。
圭吾と古い『のぞみ』の結婚式。
将来、圭吾と......新しい『のぞみ』の思い出になる結婚式。
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「うわぁ、ここがこれから私たち『家族』の家になるんだね。これだけ部屋があったら、将来子供ができても安心だね!」
「あぁ。のぞみとの子供、可愛いだろうな」
「ふふ、もう...圭吾ったら。気が早いんだから」
「楽しみなんだ。ここで新しく始まる俺たちの生活が」
「...圭吾。....私も」
......素敵。ここが、もうすぐ圭吾と....新しい『のぞみ』の家になるのね。
......圭吾と私...『夫婦だけ』の家になるのね。
.......また、圭吾に失くしてもらわなきゃ。
.......合鍵、作っておかなくちゃ。
........今はまだ、私たち『三人の』家の鍵。
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「あなた....誰?」
「私?....私は、あなた。『のぞみ』だよ」
「.....な、に言ってるの?.....それに、あなた....その顔、まるで.....」
「うふふ....そっくりでしょ?あなたに。.....お医者様にね、あなたの写真を見せて、作り直してもらったの。私の....新しい顔よ?.....これで、完璧に『のぞみ』だわ。圭吾の愛する....『のぞみ』になれるわ」
「.........」
「........ふふふ。は、はははっ。何、震えてるの?....大丈夫、怖がらないで。これからは私が....新しい『のぞみ』が.....愛する圭吾を支えるから。だから.....安らかに眠って、ね?.....なるべく、痛くないようにしてあげる....ね?」
「....っ、い、いやっ!こ、こない、でっ....やめっ、うぅ~~~......」
ガシャーンッ!....バタバタっ....バタ......パタッ。
「ふふ、さようなら。.....これで、新しい『のぞみ』よ。.....圭吾、やっと.....ずっと、ずーっと一緒に居られるね」
古い『のぞみ』は海に捨てた。
これで、きっと見つからない。バレないわよね。
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それから、『のぞみ』は今まで通り生活した。
新しい自分になったのだから、ずっと書いてた日記も新しくした。
『あけみ』だった私は、ちぎって燃やした。
圭吾と古い『のぞみ』の出会いからのページを残して。
古い『のぞみ』の時も、私はずっとそばに寄り添って、一部始終を書き残しておいたんだから。
あれは、古い『のぞみ』の思い出じゃないわ。
あれは....もう私のもの。新しい『のぞみ』と古い『のぞみ』が一体になった記録なんだから。
あぁ....子供の頃のノートは消しておかなきゃ。あんな、誰にも愛されなかった小さなあけみの日記なんて、塗り潰しちゃおう。あんなノート、もういらない。
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新しい『のぞみ』になった時、圭吾は大切な仕事で出張中だったから、やっと昨日会うことができた。
大丈夫。全然気づかれていない。
でも.....。
声を出したら、危ないかしら。
なるべく声を似せて話すけど....万能じゃないもの。
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あら....またかかってきた。
古い『のぞみ』の時の、友人。
うっとうしいわね....もう私は新しい『のぞみ』なの。
そうだ。.....無視しましょう。
あなたたちなんて、いらないわ。
私には、愛する圭吾がいるんだから。
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子供?.....子供なんて、いらない。
圭吾は、『私だけ』の圭吾。
子供になんて、わけてあげない。
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そして、『のぞみ』は、がんが見つかって余命宣告された。
バチが当たったのだろうか。
きっと、他人の人生をとったりしたから、神様が怒ったのかもしれない。
それでもねーーー。
私、幸せだったよ。圭吾。
誰にも愛されなかった『あけみ』の頃の自分より。
あなたが『のぞみ』だと思い込んで、愛してくれた時間の方が、何千倍も幸せだった。
私はーーー。
今日、圭吾の『愛する妻』として.....死んでいきます。
【完】
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※ この作品はフィクションです。実際の人物とは一切関係ありません。


