今日、愛する妻が死にました。

2.妻の日記

「....突然、申し訳ありません。こちら、奥様のものでして。渡しそびれておりました」

 よく見れば、葬儀屋のスタッフであるその女性は、今日、妻の湯灌や着替えを担当してくれた方だった。

「....これ、が?.....妻が、持っていたのでしょうか?」

「はい。奥様のお着替えをさせて頂きました際に、内ポケットから出て参りました。...きっと、大切なものだったのでしょう」

「.....あ、りがとう...ございます」

 それは、灰色で無地のハンカチ。
 とても妻が好むデザインとは思えない、地味で暗いデザイン。
 古くて、所々に汚れやほつれが目立ち、端には、サインペンで小さく『ま.......あ....み』と書かれていることが辛うじて読み取れた。
 使い込まれて、自然と消えていったのだろう。


「.....これを、本当に....のぞみが?」

 圭吾は、違和感を覚えた。
 妻の性格上、好みではない持ち物を持ち歩くとは思えない。
 可愛いものやオシャレなものが大好きだったのぞみは、身の回りのものにこだわっていた。
 どれも好きなデザインのものを厳選し、長年使用していたのだ。

 だが、目の前のハンカチは妻の好みではないはずなのに、見るからに使い込まれている。
 葬儀屋の女性が言ったように、一見『大切なものだった』ように見える。


 なぜ......?


 ......いやーーー。



「....誰か、友達に返しそびれた、か?.....返すタイミングを逃したのかも」

 ならば、返してあげなくては。
 妻が肌身離さず、死ぬ間際まで胸に抱き続けていたハンカチを.....その持ち主に。
 
*****
 
 妻の四十九日の法要も終えて、圭吾はリビングのソファに座っていた。

 
 妻が亡くなってから、何もする気が起きなかった。
 もぬけの殻になった気分で、毎日食欲がわかない中、砂を噛むような思いで食事をとっていた。


 ふと、机に置かれたハンカチが目に入る。
 葬式の日に、葬儀屋から渡された妻の遺品。

 圭吾は、あの日、持ち主に返さなくてはと考えたことを思い出した。

「.....のぞみの部屋、探してみるか」

 結婚後建てた家は、ひとつひとつの部屋は大きくないが、部屋数を多めにとった。
 子供が生まれたときのことを考えて、だ。

 だが、結局子供は諦めた。

 授からなかったからというわけではない。
 ただ、最初は子供を望んでいた妻が、ある頃から夫婦二人での生活を望み始めたからだ。

 妻がそう望むのなら、と本当は子供が欲しかった僕だが、気持ちを切り替えた。

 そして、妊活をやめた。


******

 たくさんある部屋を、夫婦二人で使っていたため、のぞみには、いくつか部屋があった。
 仕事やプライベート用を使い分けていて、荷物置き専用の部屋もある。

 圭吾は、のぞみが使っていた3部屋のうちのひとつ、荷物置き用の部屋に入った。


「.......はは、ごちゃごちゃしてるな。のぞみのやつ、さては、全部ここに詰め込んであったな」

 まだ痛む胸を知らないフリしてわざと笑ってみても、虚しいだけだった。

 それから、何か手がかりがないかと、何十冊とあるアルバムをざっと見返してみたりした。
 なにせ数が多くて、かなり端折って見た自覚はあるが、持ち主に繋がるヒントは見つけられなかった。

 一応、のぞみが通っていた学校の卒業アルバムも全部みてみたが、『ま.......あ....み』と似た名前の子は居なかった。

 
「あ.....これ、懐かしいな。はは、二人で初めて旅行に行ったときの写真か。のぞみ、写真撮るの好きだったよな。いっつもカメラ向けてきて.....僕の変顔が撮れたって大はしゃぎしてたっけ」

 くすり、と思い出し笑いして、また涙腺が緩む。
 この辛さは、いつ頃まるみを帯びてくるのだろう。


「........ん?これは.....日記?」


 それは、古い段ボールにいくつも積み重なっておさめられていた。

 一番日付が昔のものから取り出せば、のぞみが結婚前からつけている日記であることがわかった。


「......のぞみ、ごめんな」

 日記を覗き見ることに罪悪感を覚えたが、ハンカチを返すためだと言い訳をして、圭吾はパラパラとそれをめくり始めた。

 そこには、結婚前......圭吾と出会った頃のことが書かれている。

 だが、すぐにピタリと圭吾の手が止まる。

「......な、んだ?これ....?」

 圭吾は、背筋をゾクリと凍らせた。

 その日記の、前半部分。
 圭吾と出会う前の日記が書いてあったのであろうページが.......全て引きちぎられていたからだ。

 誰かの手で......ごっそりとーーー。
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