愛しい君へ〜君が振り向くその日まで〜
次の日の朝、匡はわたしを車で会社まで送ってくれた。
車内には、いつものように清水翔多の"花束のかわりにラブソングを"が流れている。
「大丈夫か?」
会社に着く直前に匡がわたしに訊く。
わたしは「うん、大丈夫だよ。」と答えると、精一杯の作り笑顔を浮かべた。
そして会社の前に到着すると、わたしは「送ってくれて、ありがとね。」と言い、匡の車から降りて、匡に手を振った。
それから社内に入り、タイムカードを通して出社すると、わたしは藤崎社長に言われた通りエレベーターに乗って、会長室へと向かった。
相当なことがない限り行く事のない会長室。
わたし自身、会長室には行った事が無く、今回が初めてになる。
長い廊下を歩き、会長室の目の前まで来ると、わたしは緊張のあまり足が震えた。
身体も強張り、あと一歩が踏み出せず、なかなかその扉をノックすることが出来なかった。
この中に入ってしまえば、わたしの人生がガラリと変わってしまう。
それが分かっているからこそ、一歩踏み出す事が恐くて仕方がなかったのだ。
しかし、社長命令を無視するわけにもいかず、わたしは意を決して恐る恐る会長室のドアをノックした。
すると、堅苦しい雰囲気の会長室の扉がゆっくりと開いた。
開いた扉からは、銀フレームの眼鏡を掛けた男性ね社長秘書である神田(かんだ)さんが顔を出し、「笠井ひよりさんですね。」と言った。
「会長と社長がお待ちですよ。」
神田さんはそう言うと、「どうぞ。」と扉を大きく開き、わたしを中へ促した。
「失礼致します。」
わたしはそう言って、恐る恐る中に入る。
会長室の中には、街並みを見渡せる程の広い窓に大きなデスクがドンと構えており、その向こう側にある背もたれの長い黒い椅子には威厳を感じさせる白髪混じりの会長の姿があった。
そして、会長のデスク前にある本革ソファーには、足を組んだ藤崎社長がこちらを向いて座っていた。
わたしはその二人の迫力に圧倒され、その場に立ち尽くしてしまう。
「おはよう、ひより。さぁ、座って。」
わたしの事を下の名前で呼ぶようになっていた藤崎社長。
わたしは「はい。」と返事をすると、ゆっくりと歩み寄り、藤崎社長と向かい合うように本革ソファーに腰を下ろした。