【長編版】天才幼女セラフィーヌ、ツンデレ辺境伯様とただいま領地改革中!
 その日の午後、屋敷の前に一台の立派な馬車が止まった。
 古びた屋敷の風景の中で、そこだけ異様なほど品格を放っている。

 静かに馬車から降り立ったのは、長身の男性だった。

 風に揺れる漆黒の髪と宝石のように輝くアイスブルーの瞳。
 整った顔立ちに加えて、身に纏う軍服風の礼服がその美貌をさらに際立たせている。

 (……うわ、何このイケメン。どっかの国の王子様?)

 マルタと共に玄関で出迎えた私は、その存在感に圧倒されてしまった。

 しかもただ美しいだけじゃない。
 一歩歩くだけで空気が張りつめるような、威厳と緊張感がある。

 彼は足元から視線を上げて一帯を見回す。

 「……これは噂以上だな」

 その冷静な眼差しは、瞬時に領地全体の実態を把握したようだった。

 (この人、できるわ)

 ただ景色を眺めているだけに見えて、そうではない。

 整った顔立ちからは想像できない、理詰めの気配を感じる。おそらく今彼の頭の中には、何を残して何を切り捨てるか――そんな冷徹な計算が働いているに違いなかった。

 前世の私だったら、絶対に敵に回したくない。
 でも一緒に仕事をするならやりがいがある、そして味方につけられれば心強いはず。


 それから屋敷の広間へ案内すると、私たちへと視線を向けた。

 「ヴェルナー男爵家の皆様、初めまして。エーデルハイム辺境伯、レオンハルト・フォン・エーデルハイムです」

 私も、セラフィーヌの記憶からその名前を知っていた。
 エーデルハイム辺境伯――この地方で広大な領地と強大な軍事力を誇る大貴族。レオンハルトは軍務についていたが、最近帰還して今は有能な領主として力を奮っているとか。

 「王宮より勅命を賜りましたので、お伝えいたします」

 レオンハルトは抑揚のない声で続けた。

 「ヴェルナー領は、隣接する我がエーデルハイム領とは友好関係にありますが、当然直接の統治権はありませんでした」

 (なるほど、だから衰退しても手を出せなかったわけね)

 「しかし、当主の死去により未成年の令嬢が跡を継ぐとあっては、領地の安定を図らねばなりません。よって、私が後見(こうけん)の任を拝命いたしました」

 「まぁ、エーデルハイム辺境伯様が……?」

 マルタが小さく声を上げた。

 後見といえば聞こえはいいが、要は監査役だ。
 領主を失った破綻寸前の領地を放置すれば、税収も途絶えるし最悪反乱の火種になる。そこで、有能な貴族を送り込んで安定を図り掌握させよう、という魂胆なのだろう。

 (でも、これはチャンスかもしれない)

 この辺境伯が本当に有能なら、こちらの提案を理解してもらえる可能性がある。

 話し終えたレオンハルトの視線が、順番に私たちをなぞっていく。
 メイドのマルタ、五歳児の私。そして、ゆりかごで眠っている双子。

 その瞬間、レオンハルトの瞳がほんのわずかに細められた。

 「君がセラフィーヌ嬢か」
 「はい。セラフィーヌ、五さいです。よろしくおねがいします」

 私はスカートの裾をつまんで、できるだけ可愛い五歳児らしく微笑んだ。

 「こちらは弟のエリク、妹のエリザです」
 「双子……?」

 そう呟くと、その後に言いかけた言葉を飲み込んだのが分かる。
 わずかに眉間に皺を寄せた表情は、あからさまに『厄介事を押しつけられた』と言いたげだった。

 (まぁ、そうですよねぇ……)

 ただでさえ、没落男爵家の後見人になるだけでも面倒だろうに。
 加えて五歳児と、乳児の双子の子守りまでとなれば、不満の一つや二つは覚えるに違いなかった。

 「では、さっそく領地の状況を確認させていただきたい。執務室は?」
 「こちらです、辺境伯様」

 マルタが慌てて案内し、私も後を追った。

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