冤罪で聖印を奪われた令嬢、辺境で本物の大聖女になる ~傲慢令嬢ヒストリアの救済証明~
第六章 王都の凶報

ラキュウス辺境伯からの凶報

ヒストリアがルーメンと共に作り上げた結界は、時折薄いベールを靡かせるように輝き、光の入射角によって粒子の色を変えてた。

その神聖な情景は、これまで結界の末端故の弊害を受けていたディート地区一体を癒し、人々を歓喜に沸き立たせている。

たった一晩で急成長した作物、草の芽が生えた岩場や砂地。
まるで隣村を繋ぐ街道に隣接する森のような緑地帯へと変容したからだ。


「ラキュウス辺境伯が来る」

報告から数日、ラキュウス辺境伯の現地視察の日がついに決まり、研究室にてヒストリアは浄化石の入った箱をルーメンと共に眺めていた。

ラキュウス辺境伯による視察後は、本格的な採掘作業と並行して浄化石の大きさと展開範囲の観測がされる予定となっている。

ディート地区を中心にルキリュ領は今後おそらく試験地域となるだろう。
拡張魔法なしの効果範囲の研究も併せて進める方針で、国単位で新たな結界を導入させるにはこれからやる事が山積みだ。

「だが神殿は君を欲しがるだろう。その前に、ラキュウス辺境伯から正式な君の保護を得たい」

未知なる可能性への高揚感に胸を熱くさせる一方で、ルーメンの不穏な推察には不快にさせられるものがあり、そしてそれは、ルーメンが不在のタイミングで当たってしまったのだった。



――――「ヒストリアよ!大司教様の嘆願により貴様の刑罰に対し特赦が与えられる事が国王様に受理された。今後はその身を生涯神殿に捧げよ。しかるべきはこの扉を開け、早急に馬車に乗るように」

その日、村のはずれからさらに奥まった辺鄙な場所に立つ家は、物々しい武装を施した神殿の兵士らによって囲まれていた。

率いるのはこのディート地区の神官らしく、頑なに拒否するヒストリアに対し扉の前で苛々とした調子で先ほどから喚いている。

「何をやっている。こんなボロ家さっさと壊してしまえ!」
「申し訳ございません……ですが、鋼鉄のように固く……」

神官は怒り心頭で兵を叱責しており、その原因というのがこの家が頑丈すぎるせいだった。

来訪当初こそ数名の兵を連れ厳粛な物言いで同行命令を出していた神官だったが、ヒストリアがそれを拒否した瞬間、この家は要塞と化したのだ。

何の変哲もない家は、乱暴に扉を開けようとすれば弾くように電撃が流れ、窓も壁も鋼鉄の如く一切の攻撃を通さない。

異変に驚いた神官は脅威と判断したようで兵を増やし取り囲む事態となったものの、破壊できる者はいなかった。大斧で叩き壊そうが銃弾を撃ち込もうがびくともしない。

『君が迎えなければこの扉は開かない』

ルーメンが以前言っていた言葉は本当だった。
いや、扉どころか家全体が彼らを拒否している。

「いったい何をしたぁ小娘!特赦を有難いと思わないのかっ!妙な真似をしおって、これは魔法か!?……貴様は異端者かっ!?」

神官はヒストリア如き容易く連行出来ると考えていたのだろう、予想外に手こずる事態に業を煮やしている。

「ですから何度も申し上げています。私に特赦など不要ですのでお帰りください」

ヒストリアは冷めた声で、しかし両手を握り締め扉越しにはっきりと告げた。
足元では子猫が尻を高く上げ尻尾を立てている。

追放され憔悴していた時に同じことを言われたならば、愚かな自分は泣いて喜び縋っていたかもしれない。だが今は彼らを信用することなど微塵も出来ない。

聖女を処分していた神殿の行い。
使い捨ての存在としてヒストリアを軽く扱おうとする思惑が透ける言葉も、家を破壊しようとする勝手な振る舞いも到底許せるわけがない。

「国王の命令も同然なのだぞっ……拒否するならこの家ごと燃やす!許可も得ているのだ!」

「出来るものならどうぞ。何をされても、あなた方に同行する気はありません」

もはや脅しの言葉で身の危険を感じて飛び出すようなヒストリアではない。

「えぇい、命令だと言っておるだろう!大司教様の慈悲を無下にする気か!こんな場所で女ひとり生きるなど元貴族のお前に耐えられるのか?しぶとい罪人めがっ……」

「……何度も言わせないで。帰ってちょうだい」
ヒストリアは語気を強めた。

きっと村まで出ているルーメンもじきに帰ってくることだろう。
それまで神官の罵声を無視して静かに待っていればいい。

そう考えて扉を背にしたあと椅子に腰を掛け本を開く。
しかし数行を目で追ったあと、不穏な発言が響いた。

「――そうだ。あの胡散臭い家を調べろ!こんな辺鄙な場所に女ひとり、今までのうのうと生きているわけがない!」

何人かの足音が遠退いて行くのを感じてヒストリアは立ち上がった。

ルーメンは研究室に浄化石を保管している。
彼らに見られたくはない。

もしあの家にも同じように他者の侵入を許さない魔法がかけられているのなら問題はないが、いつもルーメンは出入り口に鍵をかけていた。
だとすれば魔法はかかっていないのではないだろうか。

「ヒストリアよ。魔法使いでも篭絡しおったか?……あそこに何かお前を引きずり出すヒントがあるかもしれんなぁ?」

わざとらしい挑発的な調子で告げる神官の声にヒストリアは唇を噛み締めた。

きっと今出て行く必要はないだろう。
おそらくルーメンもそう言うに違いない。

だが、命懸けで得た浄化石はたった一つしかなく、ラキュウス辺境伯はそれを確認するために来る予定があるのだ。

万が一にも奪われでもすればと思うと、無視を続けるには限界があった。

「っ……関係ない人を巻き込もうとするのはやめなさい!」

「ほう……頑なに拒否するばかりのお前が、違うことを喋ったな。やはりこの家の妙なカラクリは魔法使い絡みか、あの家にも何かあるんだな……」

捲し立てる神官の声には喜色が孕んでいた。

「こちらの家、家主はいませんが扉は壊せそうですっ!」
「……ならば破壊して捜査しろ!なんでもいい、荒らしていけ。名目は異端捜査とでもしておく!」

外のやり取りにヒストリアは顔を歪めた。
やはり魔法はかかっていなかったのだ。
長く深い呼吸で心を整え扉に手を伸ばす。

こうなればヒストリア自ら外に出て足止めするしかない。
時間さえかければきっとルーメンが来てくれる。

「ほお、出てきおったか」

緊張の宿る指先を丸め、神官の前に現れたヒストリアは武装した兵を見遣ったあと白い装束に身を包む老齢の男へ眇めた視線を向けた。

「他人の家を勝手に荒らすなんて、神殿も格が落ちたわね」

「お前がとっとと出てこないから、異端の疑いがある家をついでに捜査しているまでよ」

満足気に笑みを湛える姿には一切の品がない。
皺の刻まれた手がヒストリアへ伸びてきたかと思えば無理矢理キツく腕を掴まれ、不快感に眉根を寄せた。

「さぁ来い、大司教様がお前に聞きたい事があるそうだ」
「引っ張らないでちょうだい。自分で歩くわよ」

強引に腕を引かれ、その周りを兵に囲まれ誘導される先には見覚えのある荷馬車が停泊していた。
紋章もない、ただの荷馬車。

あれはヒストリアがこの地に連れられた時に乗ったものと同じだ。
秘密裏に追放し、利用価値があると思えば秘密裏に回収しようとしる、その行為に怒りがふつふつと沸いてくる。

「なにをするっ……!?」

ヒストリアは力一杯腕を振り解いた。
急に暴れたヒストリアを制しきれなかった神官はよろめいてその場に尻餅をつく。

「あなた達にはうんざりだわ!」

「手錠をしろ!」
わなわなと肩を揺らそ激昂する神官はヒストリアに指を突きつけた。

兵士らが慌てて駆け寄り神官を助け起こし、指示された手錠を持ちにじり寄る。

「気安く触れないで!」

感情的に叫び、ヒストリアは後退った。


その時だ。
複数の馬が地を掻ける音が近付いて、ヒストリア達の元へ現れた。

先頭で白馬の手綱を握るのは金髪を無造作に靡かせた壮年の男性で、服の上からも分かるほどの逞しい体躯と鋭い眼光を放つ獰猛な瞳を持っていた。

「貴様ら、なにをやっている」

馬上からヒストリア達を見下ろし厳粛に問う姿に、一目でこの人物が何者か理解させられる。

「こ、これは……ラキュウス辺境伯……なぜこのような場所へ?」

面識があるのだろう神官は先程までの威勢を握り潰されたかの如く鳴りを顰め、おずおずと前に出ては跪き首を下げた。
それからラキュウス辺境伯の機嫌を伺うような笑みを浮かべる。
しかし神官の問いは一刀両断された。

「私が貴様に何をしているか聞いているのだ」

冷徹な物言いに神官の目は泳いでいた。

ラキュウス辺境伯は変人で陰鬱という噂とはほど遠い、理知的でどこかルーメンと似た雰囲気を感じさせる人物だった。

「もっ、申し訳ございません……実は大司教よりここに追放した女を連行するよう仰せつかっておりまして。その、国王からも承認を得ており、同行を促しておりました」

「ほう。とても穏やかな様子ではなかったがな。そちらの家は私の所有物だが、なぜ扉を破壊する?」

兵士が斧で破壊していた扉へ視線を流した辺境伯に対し神官は青ざめる。

「っ……まさか、そのようなこととはつゆ知らず……」

神官が明らかに動揺しているなか、ルーメンが辺境伯の護衛の兵の間をぬって焦げ茶色の馬を進め出てきた。

その姿にヒストリアはようやく安堵する。

「同行に関して先ほど国王の承認があると言われましたが、それは正式な国の命令ですか?王家の紋章が入った令状は?」

ルーメンの問いに神官は顔を真っ赤にした。
扉越しで確認すらしなかったが、国王の許可があると主張する神官はその一点張りで令状の存在を示唆しなかった。

「令状など、そんなもの……まさか大司教様が嘘をついていると言いたいのかっ!」

得体の知れない相手に痛いところを突かれたからか、神官は声を荒げた。

「あなた方に助け船を出しているだけですよ」
「なに……?」

困惑する神官を前に、ルーメンは続けた。

「令状がないのなら個人的な口約束。ならば行き違いがあったとしてもおかしくない。これ以上事を荒立てるのは止めてお帰りください。そうすれば、ラキュウス辺境伯があなた達を問題視することはないでしょう」

淡々とした調子で自論を述べると辺境伯へと顔を向ける。

「あぁ。ただの行き違いで撤収すると言うなら、我が財産の破損にも目を瞑ろう」

「し、しかし大司教様が……その女は連行しなければ……」

辺境伯の私財を破損させた件を前に出され声に覇気がなくなった神官だったが、しかし彼も命令を遂行できない責任を天秤にかけているのか、しどろもどろに狼狽える。

「私は国王から何も相談されていない。そこの女の追放先をここにしたいと国から打診があり私は受け入れた。正式な命令であるなら先に私に話を通すのが筋だろう」

ラキュウス辺境伯は冷えた目で神官を見据えた。

「ですがっ!国王に許可頂いたということは、連れて行っても問題ないものと、私……いえ、神殿は考えておりまして……」

「私が許していないが?すでに彼女はルキリュ領の領民だ」

「…………そう仰られましても、聖女は神殿が預かるのが道理かと……」

思わぬ方向から連行を阻まれた神官は苦し紛れに言った。
目の前の権力者から受ける直接の苦言に眉根を寄せ、絞り出した言葉だった。

「ではなぜ初めからそうしなかった?大聖女として機能しないと判断し神殿は追放に同意したのだろう。であればもはや神殿の所属でない。私の統治下の領民を攫う気か?」


「さっ、攫うなど滅相もございません!大司教様のご命令で……」
「知ったことか」

吐き捨てるように告げた辺境伯はルーメンを見遣った。

「ルーメン。彼女を連れていけ」

その命令に従い馬を降りたルーメンにヒストリアは肩を抱き支えられた。

「即刻立ち去れ。そして大司教に伝えろ。ヒストリアは私の保護下にあると」

ラキュウス辺境伯は威圧的に強い口調で告げる。
その迫力に神官は何度も短く頷き、周りの神殿兵に撤収を促すと足早に去っていった。

「……君が無事でよかった」

ルーメンは影を落とし吐息を零せばヒストリアに触れていた手を降ろした。


声をかけようとしたが、それよりも先に壊れかけの扉を前に移動され、さきほどから一度も視線が合わない。
刺さった大斧を引き抜き、無造作に捨てるルーメンの背をヒストリアは見つめた。

「浄化石が見つかったら盗られるかもしれないと思って……ごめんなさい。せっかく守ってくれていたのに」

勝手なことをしたから怒っているのだろうか。待つべきだっただろうか。

そんなことを胸中で反省したが、返ってきた声は固くヒストリアは眉根を寄せた。

「謝らなくていい。浄化石はまた作ることが出来るが、君は違うだろう」
「そうよね……大聖女なんてそう簡単に研究に引き込めないものね」

「そうじゃない。ただ、……」

ルーメンが逡巡しているうちに背後に人の気配を感じ、大きな影がヒストリアの元に落ちた。

「ルーメン。現物を見せなさい」

ラキュウス辺境伯だった。

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