妊娠しましたが相手に婚約者がいました。今更私が本命? ご冗談を。
そう問いかけたのは源次郎だった。鋭い眼光の奥に、薄い警戒が揺らいでいる。
私は瞬時に悟った。

(このままでは計画は上手くいかない)
敵を欺くには、まず心を差し出してしまうしかない。

その夜、襖の隙間からこぼれる橙色の灯りの中、私は鏡の前に座っていた。涙の跡を乾かした幼い頬を撫でながら、静かに呟く。
「優しくて、素直で、純粋な子にならなくちゃ」

渚の二人の姉の面影を混ぜてつくりあげる。慈悲深く、お人好しで、動物が好きで、誰かを傷つけるなんて考えもしない人間。

渚が決して攻撃しないタイプの弱く、守られるべき娘を。

ゆっくりと、呼吸が変わる。
視線が変わる。

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