氷の令嬢は、最強(?)総長の『子守役』を命じられる

王子の毒

「……一ノ瀬会長、何を言ってるんですか? ぬいぐるみ? 何の冗談?」
 私は心臓の鼓動を悟られないよう、わざと鼻で笑ってみせた。手は震えているけれど、机の下で拳を握りしめる。
 けれど、一ノ瀬は動じない。彼はゆっくりと歩み寄り、私の机に細く綺麗な指先を置いた。
「嘘をつく時の君は、いつもより瞬きが二回多いよ、如月さん。……僕はね、君のことは何でも知っているんだ。成績、家族構成、そして……誰にも心を開かない、その頑固な性格もね」
 一ノ瀬の視線が、私の隣で硬直している龍崎へと向けられる。その瞳には、明らかな蔑みが宿っていた。
「龍崎くん。君みたいな『中身のない空っぽな男』が、彼女の隣にふさわしいと思っているのかい? 彼女が守りたいのは君じゃない。自分の『特待生枠』……つまり、利用価値だけだ」
「っ……!」
 龍崎の肩が、びくりと跳ねた。
 図星だ。私が彼に提案したのは、あくまでビジネスとしての契約。
 けれど、一ノ瀬の言葉はそこで終わらなかった。彼は私の背後に回り込み、耳元で低く、熱を帯びた声で囁いた。
「そんな偽物の恋ごっこはもうやめて、僕のところに来なよ。君にふさわしいのは、暴力しか脳がない男じゃない。……僕なら、君のその『ツン』とした態度も、丸ごと愛してあげられるのに」
 冷たい氷のような男だと思っていた一ノ瀬から、どろりとした執着が溢れ出す。
 その瞬間。
 ガタッ! と大きな音を立てて、龍崎が立ち上がった。
「……おい、メガネ」
 龍崎の声は、震えていた。けれど、それは恐怖からじゃない。
 彼は私の腕を強引に引き寄せ、一ノ瀬から引き離すように自分の背後に隠した。
「実花が俺をどう思ってようが、関係ねえ。俺が……俺が、こいつの隣にいたいって決めたんだ。利用されてる? 結構じゃねえか。利用価値があるくらい、俺がこいつの役に立ってやるよ!」
 女性恐怖症のはずの龍崎が、私の手を、壊れそうなほど強く握りしめている。
 一ノ瀬は一瞬だけ目を見開いたが、すぐにまた不敵な笑みに戻った。
「……へえ。面白いね。じゃあ、証明してみせてよ。来週の『球技大会』。君が本当に彼女を守れる男なのか……僕が直接、確かめてあげる」
 一ノ瀬が部屋を去った後、静まり返る資料室。
 龍崎は繋いでいた手を慌てて離し、顔を真っ赤にして叫んだ。
「あ、あああ、あああのごめん! 手、握っちゃった! 汚れちゃったよな、洗ってくるわ!!」
「……バカ。洗わなくていいわよ」
 私はそっぽを向きながら、熱くなった自分の頬を押さえた。
 一ノ瀬の宣戦布告。そして、ヘタレなはずの龍崎が見せた、不器用な男気。





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