吹き飛べ私の魔法
第三章 魔法使いじゃなくなった日
目の前には閑散とした学校の校舎がそびえ立っている。

お盆に当たり、学校閉鎖期間に指定されているため、部活生どころか先生もいない。

見回すと辺りは全てフェンスで囲まれていて、正面は重厚な校門が入口を塞いでいた。

「ねえ、お盆休みに集まって学校のグラウンドで魔法を試すとか言い出したあんぽんたんはこの中にいる?」

聞きながら、咲希が永田くんの方を向いて、首を傾げる。
視線を向けられた永田くんはおずおずと両手を上げて自首をした。

「でも部活の後だと人いっぱいいるし、学校じゃないと俺の魔法強くならないし」

永田くんが尻すぼみになりながら言い訳をしたところで、それまで黙っていた私はいいことを思いついたというふうに手を打つ。

「そうだ、フェンス登ればいいんだ!」

いきなりすぎる私の提案を聞くやいなや、二人が顔を見合せ、しばらく硬直する。

「なんか唯って普通のフリして、頭のネジ二本くらい外れてるよな」

「それは私も思う」

呆気にとられた様子で二人が話し込む隙に、私は、早速フェンスに手足を引っ掛けてよじ登る。

それに気づいた咲希が必死に声を上げた。

「待って待って、行動が早いって!私もう前科増やしたくないんだけど!?」

あれから結局、事情を考慮された咲希は反省文提出、鏡華は加えて厳しい生徒指導の処分が下された。

しかし、追加で今回の建造物侵入の罪がバレれば、流石に咲希の問題児入りは不可避だ。


「くそっ、唯につられてやっちまった」
「もう反省文書きたくないよおおお」

フェンスを登りきって学校の敷地内に降りた後、振り向いて後方を確認すると、咲希と永田くんも私を追いかけて学校への不法侵入を完遂していた。

「はい、問題児レベル九十九確定」

反省文の弱音を吐く咲希を指さして、おちょくっておく。

「誰のせいだと思ってるの!」

ぷんすかと効果音を口でつけ加えながら、怒った素振りをする咲希。

その隣では、もう吹っ切れたといった様子で永田くんがストレッチ体操をしていた。

ここに辿り着くまでが大変で忘れかけていたけれど、彼が魔法を使ってくれないことには、ここまで大仕事をした今回の目的は達成されないのだ。

「よーしじゃあちゃっちゃと空飛んでくるわ」

それだけ言い残すと、今度は窓ガラスが割れないように、永田くんはグラウンドの真ん中辺りに移動する。

威力で怪我をする可能性があるため、咲希と私は離れた木陰で静かに見守ることにした。

今のところ、残夏の暑さを軽減する魔法はない。夏の魔法はちょっと違う。

して、少し先で永田くんが手を振ると、校舎の正面に向き直る。

その光景を見た咲希と私は、思わず怪訝な目を向けた。

「あれ見て真面目にやってると思う?」

咲希が私に疑問を投げかけ、指を向ける先には、その後、おかしな踊りを披露し始めた永田くんがいた。

右手を口元あたりに持ってきて、くちばしの形を作り、左手を腰にあてる。

そのまま腰を落として、中腰の姿勢をキープしたまま身体を左右交互に振り返らせていた。

名付けるならばアヒルダンスと言ったところか。かなりキツそう。

陸上部の永田くんでなければ、長くは持たなそうだ。

「あれはふざけて……」

咲希の問いかけに答えたかけたその時だった。

いきなり辺りが暖灯のオレンジ色を纏って、強風が木々を轟々と揺らす。

突然の進展に、私は思わず息を飲んで永田くんに釘付けになる。

そして段々と吹き荒れていた風が永田くんを中心に、渦巻き状になって、まとまっていくのがわかった。

少しして、巨大な竜巻が永田くんの足元に収束した瞬間、ふっと弾かれるように飛んだ。

十センチくらい。

「しょぼ!!」

咲希と揃って出た本音に、顔を見合せて笑う。

すぐさま二人で永田くんの傍に駆け寄って、溢れ出る疑問を投げかける。

「なにあのダンス!へんてこな」

「演出の割に全然飛んでないんだけど!ジャンプした方がよっぽど高く空飛んでるよ。魔法の意味ある?」

「お、おお……」

永田くんが私たちの勢いに気圧されながら、なんとか応答する。

「確かに飛距離は全然だけど、もっと強い力を引き出したり、あとは、唯の魔法もこれくらい増大するきっかけを見つけられれば期待はできるよねってくらい」

「なるほど」

私はなんとも曖昧な話だとは思ったけれど、一応その場では納得して、頷く。

「んで、あのダンスは……」

言いかけたところで、永田くんが木陰にあった自分のバックを取りに行く。
すぐに戻ってきて、

「これ」

そう言いながら私たちの前で一冊の本を取り出した。

「あっそれ……」

思わず口に出していた。

題名は"吹き飛べ私の魔法"。

私が最近読んでいた、そして、鏡華に破られた本だ。

記憶の片隅を探ると、周りの友達にいじられながらも、永田くんが真剣な顔をしてこの本を読んでいたのを見たことがある気がする。

「唯に申し訳ないけど、ちょっとこの本について触れるな」

少し気まずそうに、永田くんが断りを入れる。

もしかしたら私がいじめ行為について思い出して、不快な気持ちになる可能性を考えて気遣ってくれたのかもしれない。

「もう全然平気だから大丈夫だよ。気にせず話して」

確かに、強烈に嫌な事実として頭の中には残っている。

けれど、今となってはこうして永田くんとも咲希とも強すぎる絆を結ぶことができている。

だから、二人が一緒にいてくれる今の私は、永田くんに向かって、本音での大丈夫が言えた。

「わかった、ありがとう」

そう言って、気を取り直した永田くんが言葉を続ける。

「それで、この本すごいんだよ。最後死んじゃったヒロインの加奈を主人公が魔法で生き返らせるんだけどさ」

そこまで発したところで、永田くんが私のむっとした表情をみて、焦りを見せたのがわかった。

「ご、ごめん……そりゃ唯最後まで読めてないよな」

「別にいいよ。それで?」

突然本のネタバレを食らった私は、わざと不満気な表情を続けながら、話の続きを促す。

「ん、んで、主人公が魔法を使う時にさっきのダンスをするんだ。しかもなんか魔法の発生条件が詳しく書いてあって、この本いわく特定の場所とか特定の出来事とかに引起することが多いらしい。だから俺も学校内であのダンスをしたら魔法が暴発したってわけ」

いまいち合点がいかない私は咲希と一緒に首を捻る。

話の理解はできても、どうも疑問点が多すぎる。

微妙な空気を感じ取った永田くんが慌てて口を開く。
「ま、まあこんな感じでとにかく魔法暴発のきっかけになりそうなものに触れて行くのが重要ってこと!」

「ふーんなるほどねえ?」

咲希が理解した風の曖昧な返事をする。

私は、永田くんが必死に説明してくれたので、とりあえず頷いておいた。

そこで、咲希がふっと顔をあげる。
「じゃあここはもう晴来の言うことに期待して、思い当たるところに行ってみよう!みんな空いてる日ある?ちなみに私は明後日空いてる」

それを聞いて、流石だなと感心する。

咲希がいると物事の進みが格段に早い。

「俺は明後日空いてる」

「私も暇だよ」

最初に永田くんが答え、それに追随して私も賛同した。

「おっけー!じゃあ決まりだね」

「でも問題はどこ行くかだよな。他に思い当たるとこは……」

そう言って、考え込む仕草をする永田くん。その様子を見て、ふっとある場所を思いついた私は、

「わ、私、夢会橋に行ったら魔法、強くなるかも……」

翼が飛び降りたあの橋を提案していた。

横を見ると、咲希が目を丸くして、こちらを凝視ししているのがわかった。

「唯、前にあの橋行って翼のこと思い出しちゃって、吐いた挙句、気を失ったって言ってたじゃん……」

それを聞いて、私はしばらく黙る。

はっきりと言葉にするには、もう少し時間が必要だった。

その間、咲希も永田くんも、何も言わずに、待ってくれていた。

それの優しさを見て、もう一度決意する。

「そう、だけど、翼はもっと怖い思いをしたはずだから、私がここで逃げちゃだめなんだ。もう一度翼に会って、ちゃんと、愛してあげなきゃいけない。ちゃんと、伝えてあげなきゃいけない。家族だから、いつも一緒にいるから大丈夫なんて、そんなことはなかった。それでずっと寂しい思いをしたまま死んじゃったんだ」


一度吐き出すと、もう止まらなかった。

堰を切ったように、溜めていた感情が流れ出す。

私は自分を落ち着かせるように一呼吸置いて、ふたたび口を開く。

「だから、私はもう一度夢会橋に行きたい」

ぎゅっと拳を握る。

怖くないわけがなかった。

でも、全て言ってしまうと、不思議と少し心が軽くなった気がした。

ふと前を見ると、咲希が哀しそうな顔を、永田くんが申し訳なさそうな顔をそれぞれこちらに向けていた。

私の視線に気がついた咲希がゆっくりとこちらに距離を詰めてくる。

「わかった。じゃあ明後日、夢会橋に行こう。でも、辛くなったらちゃんと私に言うこと、無理せずに帰ること。これは約束ね」

そう宥めながら、私の頭に手を置く。続いて永田くんが近寄ってきて、

「唯なら大丈夫だ。俺が空き教室で翼の話した時も唯の魔法暴発してたし。絶対成功する。俺と咲希もいるんだから安心しろ」

そう励ましながら優しく肩を叩く。

溢れるほどの2人の優しさを、魔法じゃなくて、心で、肌で感じた。

きっとそれが目に染みたのだろう。

「ありが……とう……ほんとに……ありがとう」

掠れながらの感謝を何とか言葉にする。

「うわーまた泣いたー!唯の泣き虫ー!」

いひひっと咲希がいたずらに笑い、永田くんが安堵の微笑みを浮かべる。

いつの間に、私はこんなにも暖かい日常の中にいたのだろう。

もしかしたら、言葉ばかりを見て、大切な感情を見失っていたのかもしれない。

思いながら、夏の涙を手のひらで握る。

再び感謝の気持ちを込めて、目の前の2人に精一杯の笑みを返した。


――ガタンゴトン。

揺れる度に、拳の中で手汗が跳ねる。

車窓に映り続ける田舎道。

隣には咲希と永田くん。

夢会橋へと向かうため、私たちは1度学校で合流した後、電車に乗って移動していた。

そこに、柔らかな声が響く。

「なんか電車に乗るのって久しぶりかも私いつも学校まで歩きだから」

沈黙を破った咲希の独り言に乗っかり、会話を繋ぐ。

「私もー永田くんもだよね?たまに道中みかけるし」

ひどい緊張を除くために、なんとなく永田くんに意味のない質問を投げかけてしまった。

「うん、そうだよ。てか唯って俺のことずっと苗字呼びだよな。なんか距離感じるし晴来でいいよ」

「え、でも……」

この話題で話を繋ぐのは難しかったのかもしれない。

永田くんが話を転換した。

けれど、急にそんなことを言われても困ってしまう。

それに、これから永田くんを下の名前で呼ぶことを想像すると気恥ずかしくなって、咄嗟に否定してしまった。

「いいから。ほら、晴来って呼んでみて」

唐突な強引さにどきっとしながら、仕方なく言われるがままに口を開く。

「は、はるき……」

慣れない上に、用もなく誰かの名前だけを呼ぶなんて場面はそうそうない。

私は恥ずかしさで少し頬が熱くなるのを感じた。

けれど、おかげで体に張り付いていた緊張も、だいぶほぐれた気がする。

すると隣で会話を聞いていた咲希がむっとした様子で割り込んできた。

「えーじゃあ私たちももっと仲良さそうな呼び合い方にしようよー」

「どうやって下の名前から昇格すんだよ」

「あだ名とか?」

そこで咲希がじっと考える仕草をして、ニヤリと笑った。

私はそれに気付かないふりをして永田く……晴来に哀れな目を向けた。

「もともともとやまのやまもと」

ふっと咲希が口にした言葉を永田くんが理解できないといった様子で首を傾げる。

「私苗字元々本山だったんだけど、両親が離婚して山本になったの。なんか早口言葉みたいで語呂よくない?」

あだ名にしては長いという、誰もが思う指摘さえ躊躇われる。

案の定、晴来は困った顔で、苦笑いを浮かべていた。

それに気がついた咲希が、咄嗟に言葉を投げ入れる。

「あ、別に私全然気にしてないし事実として話してるだけだから大丈夫だよ。気を使われる方が嫌だし!」

私も昔、同じような話をされたことがある。

だから咲希がこの手の話をするとき、気にしていないからと毎回断りを入れるのを理解していた。

それでも少し、寂しそうな顔をする咲希を私は知っている。

これも魔法じゃなくて、咲希の親友として私が感じたものだ。

今までは本人が言うなら大丈夫だろうとそれを信頼してきた。

でも、と今は思う。

嫌がられても、お節介でも、咲希がもし少しでも辛い思いをしているなら、彼女に助けてもらったように、私も手を差し伸べたい。

同じ後悔は、もう二度としたくない。

「ねえ咲希」

――まもなく、夢会橋前です。

言ったところで、タイミング悪く車内アナウンスが私の言葉を遮った。

それを聞いた咲希がむくっと立ち上がって私の方を振り向く。

私はそれを見上げ、仕方なく決心とともに腰を上げた。


「大丈夫そう?」

「無理だと思ったらいつでも言えよ」

「うん。ありがとう。今のとこ大丈夫だよ」

二人の心配に答えながら、前を向く。

駅をおりるとすぐ目の前には大きな川が轟々と音を立てながら流れている。

私たちはその川の上に佇む橋に向かって歩いていく。
一歩そちらに足を進める度に、少しずつ、翼との記憶が鮮明に蘇ってきた。

川で遊んだ思い出。

土手を自転車で走り去った記憶。

岸に座って休憩をとったあの日。

思わず溢れた過去の映像に唇をぐっと噛む。

「会いたい、もう一度。それでちゃんと話がしたい」

そう小さな声を漏らしながら思う。

大切な人が居なくなってから気がつくその偉大さ。

普段は窮屈でも、それが知らぬ間に、自分の心の1部であったことを思い知らされる。

後に、ことある事に押し寄せる後悔が、呪いとなってやってくる。

きっとそれは、魔法でしか解くことができない。

"愛は呪いにも魔法にもなるのだから"。

吹き飛べ私の魔法の作中で主人公がヒロインに言った言葉だ。

「絶対に、魔法で翼の呪いを解いてあげるんだ」

それを聞いた咲希が少し驚いた様子で、こちらを振り向き、らしい笑顔でにこっと笑った。

「そうだね」

言って、咲希が徐に私の右手を取る。

それを反対側から見ていた晴来も、つられて私の左手を握った。

一列になった私たち三人は足を止め、夢会橋の一歩手前で止まる。

そして大きな深呼吸をして、ゆっくりと目の前の橋に皆揃って足を踏み入れた。

橋の軋む音が私の身体を震わせるようだったけれど、左右の手を強く握ると、いつでも大丈夫だと思えた。

そのままかなりの時間をかけて、橋の中央付近まで進んでいった。

ゆっくりと下をみると、やはりあの時と変わり映えのしない川が私を覗いていた。

当たり前に怖くはあったけれど、翼の葬儀の日に来た時みたいに、吐き気がしたり、気を失ったりはしなかった。

橋のど真ん中にたどり着いたところで、左右をみて頷くと、繋がっていた両手が離される。

急に支えが無くなった私は、まるで初めて巣から飛ぶひな鳥のような気持ちだった。

そのまま手すりに手を掛けて、橋から上半身を乗り出す。

大きく息を吸って、晴天の空に向かって、叫ぶ。

「翼ーー!!ずっと大好きだから、愛してるから、忘れないから。大丈夫だよ!お空でしあわせに暮らしてね」

もう翼はいない。

今何を言っても意味が無い。

そう分かりつつも自分に言い聞かせるように言ってしまう。

晴来と咲希がこれだけ私のために尽くしてくれているから、申し訳ないと思いながらも、正直胸中では、翼ともう一度会うなんてほとんど無理だろうと思っていた。

だから、これだけを伝えて、何も起こらなければ潔く帰るつもりだった。

けれど、私がそう言って乗り出した上半身を戻した時、鞄の中に残っていた破られた本の欠片が瞬時に輝き、宙に浮いた。

驚いてそれの行方を目で追うと、一つ二つとそれらがくっついて、紙片から本の形に戻っていく。

一歩後ろで見守っていた晴来と咲希が顔を見合わせ、近寄ってきた。

晴来が宙に浮く本を真近で見ると、突然慌てて例のヘンテコなダンスを踊り出す。

すると、先程私が叫んだ翼へのメッセージが光の閃光となり、天を穿った。

その先のひらけた空から、どこからともなくあらわれた暖灯の光が川を照らしつけて、校庭の時と同じように自分を中心とした暴風が吹き荒れる。

しかし、今回は風の威力が段違いで、空はいつの間にか曇り、橋がこの暴風の力で酷く左右に揺れていた。

思わず両手のひらを胸の前で組んで、意味も分からず願う。

次第に、ゆっくりと風が足元に寄って、収束した。

気がつけば、私の身体は宙に浮いていた。

辺りは一面青色の空で、下を見れば米粒ほどの大きさになった二人が地上に確認できる。

晴来は変わらずおかしなダンスを続け、咲希はどこから持ってきたのか、紙吹雪のようなものを撒き散らしながら、晴来を応援していた。

「ほんとに、誰だよ魔法の暴発条件にこのダンス入れたやつ」

笑いながらぼそっと呟く。

発生した風に委ねて、高度を上げていくと、辺りが一面輝き、世界の雰囲気が変わる。

眩しさに顔をしかめると同時に、両足がどこかの地面に着いた。

目を開くと悠然と姿を見せたのは、大きな川だった。

けれど、先程まで地上で見ていた川とは違って、緩やかに流れ、物々しい雰囲気を感じ取った。知らなかったけれど、直感で、三途の川なのだろうと理解した。

「これを渡れば、翼に会えるかもしれない」

どこかで教えてもらった。

三途の川を挟んで、死者と生者の世界に別れているらしい。

独りごちて、一歩川に足を踏み入れた。

「来ちゃダメ!!」

片足がくるぶしあたりまで濡れたところで、突然響いた制止に肩が跳ねた。

何度も脳内で再生した声音そのままだった。

それに思わず声を張り上げる。
「翼!!」

「姉ちゃん……」

気がつくと川の向こうには、生きていた頃と何も違わぬ翼がいた。

思わず走り出しそうになる気持ちをぐっと抑えると、それを見た翼がこちらに来るのがわかった。

翼が十メートルもある川幅を何とか渡って、私たちは面と向かう。

いざ出会うと私はなんといえばよいのか分からなくなって、口ごもってしまう。

すると、見かねた翼が力いっぱいに抱きついてきた。

そこで初めて、その力の強さに翼の成長を知る。

それでも未だ私よりも幾分か小さい身体から、必死に声が飛んでくる。

「迎えに来るの遅いよ、姉ちゃんのあほっっ!!」

「うるさい!何勝手に居なくなってんの。翼のバカ!!!」

言って、全てが崩れたように目を真っ赤にしながら、翼を包み返す。

しばらくの間は、ただひたすらに、この温もりを感じることだけに時間を使い続けた。

どちらも枯れ果てる程に泣いて、いよいよ流す涙が無くなった頃に、二人で一緒に川の土手に座った。

翼と川で遊んだあの時みたいだと懐かしみながら、翼の顔を見る。

「最近はどうしてるの?元気?」

せっかく会えたのに、あれだけ伝えたかった言葉は出てこなくて、世間話の切り出しみたいになってしまった。

「うん。元気だよ。楽しく暮らしてる」

答え、足をぷらぷらと揺らしながら見せてくれた、とびきりのかわいい笑顔に胸が締め付けられる。

話してしまえば今まであった日常と何も変わりなく、ここが天であることが嘘みたいだった。

「あげる。泣き疲れたから甘いもの欲しいでしょ?」

ぽんっと蓋を開ける音がして、翼に差し出されたのは、あの時川で一緒に食べたラムネのお菓子。

翼が自分の手にもラムネを出して、二人で一緒に口に運ぶ。

すると、先程の涙のしょっぱさに反対して、痛い程の甘みが頬を突き抜け、口に広がった。その様子を眺めていた翼が口を開く。

「はい、これでおしまい。姉ちゃんはもう魔法使いじゃないよ」
「え?」

いきなり何か重大なことを言われた気がして聞き返す。

「姉ちゃん、魔法、使えるでしょ。あれ、魔法が使えるようになりたいって言ってたから、僕が魔法使えるようにしたの。でも、結果姉ちゃんを苦しめることになっちゃった」

悲しそうな顔を浮かべて俯く翼。極力翼の後悔を刺激しないように、言葉を選んで答える。

「やっぱりそうかあ。何となくつばさの仕業な気がしてたんだよね。でも嫌なことばっかりじゃなかったよ。魔法がなきゃ翼にも会えてないし。あ、じゃあ晴来の魔法も翼がつけたの?」

思い出し、気になったことを聞いてみる。

「晴来?」

「うん。翼をいじめた子のお兄さん。その人も魔法使えるの」

翼が腑に落ちない様子で、首を傾げながら答える。

「いや、僕は姉ちゃん以外に魔法与えてないよ」

「あれ?おかしいな」

不思議に思いながら少し考えていると、早くも翼に次の話題を振られて、魔法の話は流れていってしまった。

「そういえば、家に帰ったら僕の部屋にあった虹色の入れ物の中見てみて。三段目の引き出しの奥に隠してあるから!姉ちゃんへのプレゼントね」

「あー!川で遊んだ時に翼が持って帰ってきた入れ物ね!プレゼントなら翼が帰ってから直接渡してくれればいいじゃん」

私の言葉を聞いて、突然翼が急に消え入りそうな笑顔を浮かべる。

深刻な雰囲気に翼の目を見つめると、静かに首を横に振った。
「僕は、もう家には帰らない」

瞬間、全身に鈍器で殴られたような衝撃が走った。てっきり私は、もうこのまま一緒に家に帰るものだと思っていた。帰らないという言葉から、できない訳ではなく、翼の意思なのだろうと察する。
「なんで」

無意識に、語気が強くなってしまう。けれど、それを訂正する気にもなれなくて、翼の答えを待った。

その答えは少し時間が経って、翼が軽く息を吸ったところで返ってきた。

「僕の人生はもう終わったの。皆一回きりの人生で、たまたま姉ちゃんが来てくれたから生き返るなんてずるいじゃん。それに……僕またあの世界で何十年も生きるのしんどいよ」

鼻笑いをしながら、冗談めかして言う翼。

"じゃあ私の気持ちはどうなるの"

本当は言いたかったけれど、言えなかった。

これが私のわがままだって、分かってるから。

願うのは、翼の幸せだと決めてきたから。

だから、私は翼の気持ちを尊重する言葉を選ぶ。

「そうなんだあ。もう絶対なの?」

できるだけ、本音を隠して喋るように務めた。

けれど、内心、自分の気持ちと言葉が乖離しすぎて、おかしくなりそうだった。

「うん。もう決めたから。でも、姉ちゃんは僕がいなくても魔法がなくても、やっていけるから大丈夫だよ。僕のために頑張ってくれてありがとう。悲しい思いさせてごめん」

その言葉を聞いた瞬間、無意識に私の身体が翼の小さな身体に飛びついた。

手のひらを翼の後頭部に添えて、抱き寄せる。

今まで言えなかった自分が情けないと思いながら、ずっと伝えたかったら言葉を紡ぐ。

「それはこっちの台詞だよ。辛かったのに助けてあげられなくてごめん。一人にしてごめん。ずっと苦しかったのに、よく頑張ったね。あそこまで生きてくれて、ありがとう。一緒にいてくれてありがとう。これからはもう、幸せになって」

ようやく、言いたかった言葉を言えた。これだけで、心の中に詰まっていた古い栓が、取れた気がした。

「姉ちゃんもね。僕のこと気負う必要なんてないから。僕の分まで自由に生きて」

翼がまた、可愛らしい笑顔を見せながら、私に向かって言う。

それを見て、どうしてこんなことを言えるんだろうと思う。

もし私が同じ立場だったら、なんで見捨てたのと言って怒り、泣きわめくかもしれない。

それでも、翼は私を責めもせず、幸せを願ってくれる。

きっと、人生を背負うには、翼は優しすぎたのだと思う。

「そろそろ、時間かな。ずっと川のこっち側にいると、引き戻されちゃうからさ」

翼が手を空にかざしながら、そう言う翼。

みると、翼の手が透けていっているのが分かる。

「そっか。じゃあ、私が寿命を全うして、死んだらまた会おう。ちゃんと翼の分まで長生きするからね」

泣きたい気持ちを抑えながら、平然を務めて言う。

「うん。見守っとくよ。僕ももう大丈夫だから心配しないでね」

「わかった。ありがとう。心配はしちゃうかもしれないけどね」

冗談交じりに、小さく笑いながら告げる。

「あ、あと最後に一つだけ」

言い忘れたことを思い出して、付け加える。

「いつまでも翼が私の弟なのは変わらないし、近くにいてもいなくても、ずっと愛してる」

「僕も姉ちゃんのこと大好き。愛してるよ」

言いながら、2人して、また泣きわめく。

そうして最後に強く強く抱きしめあって、残りの時間を全て使い果たした。

気がつくと、いつの間にか翼も三途の川も無くなっていて、ゆっくりと身体が地上に落ちていく。

「あ!戻ってきたぞ!」

空からゆっくりと降りてきた私を見つけて、晴来が指を指す。

地に足が着くと、すぐさま2人が駆け寄ってきた。

独り身の私を見て、咲希が不安そうな顔をしながら言う。

「翼は……」

「会えたよ。ちゃんと会えた。伝えたいことも伝えられた。だから大丈夫。2人とも私の為にありがとう」

私は毅然とした態度で言う。

その様子を見てなにか察してくれたようで、咲希も晴来も私を励ましてくれた。

しばらくして帰りの電車に乗り込み、最寄りの駅を目指す。

けれど、どうにも二人の様子がおかしい。

どちらも若干頬が紅潮していて、どこかたどたどしい。

まさか、この二人私が翼と再開していた間にいちゃこらしていたのか。

咲希なら勢いで何かやらかしても納得がいく。

晴来は咲希に対する好意は無かったと思ったけれど、魔法が無くなった今では確認のしようがない。

そのため、半分お仕置のつもりで聞いてみる。

「二人とも、私が翼と会ってる時になんかあっ……」

「なんも無いから!!」

私の疑問に被せるようにして咲希が否定する。隣で晴来は暑いなあとぼやきながら服をパタパタと仰ぎ、咲希は冷や汗をかいて終始焦っている。

たぶん、何かあったのだろう。

「ただいま」

「おかえり」

翼とは会えたけれど、私にはまだ解決しなければいけない問題が残っている。

翼が居なくなってから、未だ両親との関係は冷え込んだままだ。

いつもと同じように二言で途切れた会話を他所に、自分の部屋に足を運び、荷物を置く。

そうして次に向かったのは、翼の部屋。

両親の意向で今もほぼ生前そのままの形で残されている。

翼に言われた通りに棚の三段目を引き出し、奥の方を探る。

しばらく探していると指先に冷たくて硬いものが触れた。

これだ、と思い取り出すと、案の定、手にあったのは翼が川で拾ってきた虹色の入れ物だった。

一度深呼吸をして、自分を落ち着かせながら、恐る恐る入れ物の蓋に手をかける。

「なにこれ」

ぽんっ。

蓋の開いた音を聞いて、そっと中をのぞき込む。

何か大層なものが用意されているのかと身構えていた私は、出てきたものに思わず笑ってしまう。

そこに入っていたのは、「なんでも願いを叶える券」と書かれた紙が三枚。

裏面には律儀に願いを書き込む欄まで用意されている。

でも、これで良かったのかもしれない。

何か翼の重大な物が入っていたら、きっとまたそれを手放せ無くなってしまう気がするから。

これくらい気楽なものの方がいい。

そう考えながら、私は「何でも願いを叶える券」一枚と鉛筆を手に取る。

そして、髪を引っ掴むと、お父さんとお母さんのいるリビングに向かって勢いよく走っていった。

そうして二人に向かって、

「あ、あのさ!」

と呼びかけた。

思いがけず大きな声が出てしまって、お父さんとお母さんがが同時にこちらを振り向く。

けれど、私はそれに構わず続ける。

「私、ずっと寂しかったの!翼がいなくなってから、お父さんもお母さんも全然喋ってくれなくなって。二人ともつばさつばさって。悲しむのはしょうがないよ私も悲しいもん。でも、今生きてるのは私なんだよ!」

手のひらにある紙をぎゅっと握りしめる。

腹の底から声を張り上げたせいで息切れして、肩が大きく揺れる。

なんの前触れもなくいきなり私に怒鳴りつけられた二人が目を丸くして、硬直する。
「そう、だったんだ」

その後に訪れた数秒の沈黙を破ったのは、お母さんの消えかかりそうな声だった。

それからゆっくりと私のほうに近づいてきて、抱きしめる。

「ごめん、ずっと気づいてあげられなくて、ごめん。唯は強いから大丈夫って勝手に思ってた。本当にごめん」

続いてお父さんもはっとしたように私の許に近寄ってくると、そっとお母さんごと私を抱きしめた。

「俺も、ごめん。そんなつもりはなかったんだけどな。翼が死んでから気が滅入っちゃって、唯のこと全然気にしてあげられてなかったって今気づいたよ。ごめんな。許してくれ」

三人で、ぐすんぐすんと音を立てながら、鼻をすすった。

今日の翼を思い出しながら、家族揃ってなんて不器用なんだろうと思った。

たったこれだけで、今まで押し込めてきた気持ちも、すれ違いも全て解決したのに。

かなり長い時間そうした後、誰からともなく体を離すと、お母さんが明るく手を叩いた。
「今日はみんなでご飯食べよう。ハンバーグの予定だから、唯もお父さんも一緒に作ってね」

「うん!」

私は元気よく返事をして、キッチンへと向かった。


その後、家族揃って食べたハンバーグの味は、もしかしたら、高級レストランの方が美味しかったかもしれない。

けれど、どんな世界の料理よりも絶対に温かいと思った。

私はもう、魔法がなくてもこの世界で生きていける。

壁に飾られた笑う翼の写真を見ながら、口の中の物を飲み込むと、少しだけ、喉の奥が熱くなった。

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