カフンショウ
「″カフンショウ″だな」

一人の刑事が呟く。
「そうですね」とさほど調べもせずにつまらなそうに黒革の手帳にボールペンを走らせる後輩の男。
二人の目の前には仰向けになって転がる、鼻孔(びこう)から小さく揺れる花を咲かせた変死体。

二○X X年。
海、山、川。緑や色とりどりの植物よりも人工的資産ばかりが目に付く世界。
″ペット″としての動物との共存は政府が禁止し、今は保護団体施設でしかお目にかかることは無い。

「これは…なんていう花ですかね」

「ネモフィラ」

「へぇ。綺麗ですね」

水色と薄紫の間のような、丸っこい花びら。
鼻孔から伸びて、顔面を覆い尽くすほどに咲き乱れている。

始まりは十年ほど前だったか。
△△県で最初の変死体が見つかった。
その時は確かパンジー。
それを皮切りに桜、チューリップ、菜の花、ネモフィラなど、春に咲くらしい植物を体内に蔓延させた変死体が急増した。
患者は漏れなく亡くなった。
ワクチンを開発することは不可能だった。
世の中の誰も、どんなに偉い学者でさえも、ほとんどが絶滅してしまった、今や図鑑や歴史的資料の写真でしか見ることのできない「ショクブツ」だったから、研究材料を入手することさえ厳しい。

遺体に蔓延る植物は使えない。
どんな菌を含んでいるか不明だから、無念ではあるが亡くなった遺体はこのまま政府管轄の施設で焼却処理される他には方法が無かった。

病院へと駆け込む患者達の「鼻の中がムズムズって言うよりも穴が空いたみたいな?ヒューヒューと不快なむず痒さが続いていて夜も眠れないのです」といった共通の証言から、
随分と昔に流行していた「カフンショウ」ではないかと仮定された。
仮定されたまま、この病原菌への対策は何も進行していない。

「桜じゃなかっただけラッキーだな」

「そうですね。木って言うんですか?あれだったら仏さん、ぐちゃぐちゃに潰されてるそうですし、体内も幹やら根っこやらでエグいらしいっすよ」

現代の誰も知ることのない″自然″からの警鐘。

いや、これは我々人類への復讐なのかもしれない。
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