甘い夢はもう見ない〜お見合い結婚から始まる両片想いの恋〜
紅葉は短大を卒業後、一般企業に就職し、恋人が出来た。

料亭を手伝うことも少なくなり、休日はオシャレをしてデートに出かける。

その姿を清志は静かに見送っていた。

2年が経った頃、紅葉はお相手の男性を料亭に連れて来て、父や桜子、清志にも紹介した。

紅葉の左手薬指には、ダイヤモンドの指輪。
「彼と結婚します」
そう言って紅葉は、幸せそうな笑顔を浮かべていた。

だがその翌月。
紅葉は夜遅くに帰って来たかと思うと、階段を駆け上がり、自分の部屋のドアをバタンと大きな音を立てて閉めた。

どうしたのかと桜子と父が顔を見合わせていると、紅葉の泣き声が1階まで聞こえてきた。

「お姉ちゃん、もしかして彼となにかあったのかな?」

心配になり、声をかけに行こうとする桜子を、父が止める。

「今はそっとしておいてあげなさい。明日、落ち着いたら話を聞いてやってくれ」
「分かりました」

翌朝、桜子は朝食を用意して紅葉の部屋をノックした。

「お姉ちゃん? 少しでいいから、なにか食べて」

しばらくするとカチャッとドアが開き、真っ赤に目を泣き腫らした紅葉が顔を覗かせる。

「オレンジジュースとクロワッサン、あとヨーグルトといちごもね」

桜子がトレーを差し出すと、紅葉はほんの少し頬を緩めた。

「私の好きなものばっかり……」
「うん。お姉ちゃんの好物くらい、知ってるよ」
「ありがと、桜子。彼はね、いつまで経っても覚えなかったの。りんごジュースとバターロール、プリンとぶどうが好きだよな? って。どうしてそんなに見事に間違えるのって、私、笑ってたけど、ようやく分かった。それ、彼の本命の子が好きなものだったの」

桜子はハッとする。

「お姉ちゃん……、まさか、それって」
「いわゆる二股ってやつね。だから婚約も破棄した。当然だわ。彼が本当に好きなのは私じゃなかったんだもの。しかも相手の女性は既婚者で、つまり不倫。彼はこのままじゃいけないって気持ちを断ち切ろうとして、私と無理矢理つき合ってたみたいよ。向こうの旦那さんに気づかれないように、カモフラージュも兼ねてね」

そんな酷いことがあるだろうかと、桜子は言葉を失った。

日に日にやつれていく紅葉を、桜子は必死で慰める。
清志は、少しでも食べてほしいと、毎日紅葉の為に食事を作った。

時間が徐々に紅葉の傷を癒やし、清志の想いが少しずつ紅葉の心を温める。

そして桜子は、清志への恋心を封印した。

「自分が1番好きな人を追い続けるより、自分を1番好きでいてくれる人のそばにいる方が幸せになれる気がする」

微笑みながらそう口にする紅葉に、心から良かったと思いながら。
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