One year left -家族ごっこ-
「え、萩花さん?」 


真っ先に気づいた悠生くんが、手にした紙コップを持ったまま、きょとんとした顔でこちらを見た。


「あれ? 今日はおじさんたちと温泉に行ったんじゃなかったんすか?」


「……ううん、私は行かない」


ただ、短くそれだけを返した。


「今日、碧の誕生日なんすよ! 前からみんなで集まる約束してたんで、碧が温泉旅行断ってくれて、マジで良かったっす!」


悠生くんのはつらつとした声が、頭の中で、何度もぐるぐると回っていた。 


今日が、碧くんの誕生日……?


ここまで狂ったように走ってきた疲弊のなかで、思考は完全に停止していた。


気がつけば、碧くんは男の子たちの視線から私を隠すようにして立ちはだかっている。


「悪いけど、ちょっと待ってて」


彼はそう周りに言い残すと、私の手首を掴み、廊下の奥へと強引に引っ張っていった。


そのまま洗面所へと押し込まれ、背後でパタンとドアが閉まる。


冷房の風が届かない狭い空間には、真夏の重苦しい湿気が籠もっていた。
< 259 / 407 >

この作品をシェア

pagetop