野いちご源氏物語 五二 蜻蛉(かげろう)
野次(やじ)(うま)たちの話を聞きながら、侍従(じじゅう)右近(うこん)はひやひやしている。
一番気がかりなのは、女君(おんなぎみ)亡骸(なきがら)がなかったらしいという(うわさ)が流れて、(かおる)(きみ)のお耳に入ること。
「万が一薫の君のお耳に入れば、まず匂宮(におうのみや)様をお疑いになるでしょうね。亡くなったことにして、宮様が姫様を(かく)していらっしゃるのではないかと。しかし、しばらくすればそのお疑いは晴れるでしょう。お親しいおふたりなのだから、いつまでも隠しておけるはずがないことくらい、薫の君はお分かりになるもの」

「そうなれば、匂宮様ではない別の男が姫様を(ぬす)み出したとお考えになるでしょう。宮様ならまだしも、たいしたことのない男との浮気を疑われるなんて、姫様がお気の毒ですよ」
「やはり噂にするわけにはいきませんね。下働きの者がよけいなおしゃべりをしないか心配です。今朝は(おお)(さわ)ぎだったから、亡骸がないことを知ってしまった者もいるでしょう。きつく(くち)()めをして、まだ知らない者には絶対に知らせないことですね」

「ゆくゆくは薫の君にも匂宮様にも本当のことをお伝えいたしましょう。今すぐお聞かせしたら、お悲しみの邪魔をすることになります。それも申し訳ないことですから」
侍従と右近はひそひそと相談する。
女君と秘密を共有していたふたりだから、自殺に責任を感じている。
せめて悪い噂や想像から女君をお守りしたいと思うのね。
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