この恋、予定外。
「まず、開発から」

促されて、高橋さんが立ち上がる。

資料を一枚めくる音。彼は手元に視線を落としていた。

「今回の試作は、軽さと密着性のバランスを軸に設計しています」

いつも通りの、無駄のない声。
大事な会議でも、このトーンは変わらないらしい。

「ベースはO/W系。油相を軽めに振って、揮発性シリコーンを併用しています。皮膜感を抑えながら、均一なフィルム形成を狙っています」

スライドが進む。
移るたびに、室内で紙が擦れる音が揃って聞こえる。

「07と比較して展延性は向上しています。指滑りも改善。ですが、一方で保持力はギリギリなので、皮脂量が多い部位ではテカりが出る可能性があります」

淡々と、正確に彼は続けていく。
時折、顔を上げて辺りを一瞥するも言葉は止まらなかった。

「安定性は問題なしです。簡易加速試験もクリアしています」

要点をしっかりまとめた印象だった。
すべて言い切ったあと、

「開発からは以上です」

と締め、高橋さんはそのまま座るとペンを指で一度くるりと転がして、止めた。


「じゃあ次は営業から。森川さん、お願いします」

朝倉課長から名前を呼ばれて、私は立ち上がる。
準備しておいたメモを片手に、一瞬だけ呼吸を整えた。

「今回の試作について、実使用ベースでのフィードバックをまとめています」

今度は私がスライドを切り替えた。
しんとした会議室で、自分に注目が集まるのが分かる。
ぴりっとした緊張感は続いていた。


「まず朝の使用感ですが、非常に良好です。軽さがあるのに均一に整うので、時短にもつながります」

研究室で実際に手に取った、あの指先と手の甲の感覚を思い出す。

「07よりなじみが早く、メイク前のストレスが少ない印象です」

マーケ部の社員がすかさずメモを取るのが見えた。

「カバー力は中程度ですが、その分、自然な仕上がりになります。ターゲットのナチュラル志向層には合致します」

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