零班は落第寸前!――名門男子校は秘密のスパイ養成学校でした――
そのとき、扉が音もなく開いた。
教室の空気が、一瞬で変わった。
入ってきたのは、細身の男の人だった。黒い教官服みたいなスーツを着ていて、目だけが笑っていない。その人は、拳を胸に当てたままの俺と、紙テープだらけの床と、火村の手の中の残骸を順番に見た。
「……ずいぶん景気がいいな」
白鷺がそっと腕章を背中に隠した。
男の人は教壇に立った。
「着席。私は篠宮だ。一年零班の担当教官を務める」
篠宮教官は教卓に手を置いた。
「まず言っておく。零班は誤記ではない」
俺はびくっとした。
たぶん顔に出た。
案の定、篠宮教官はまっすぐ俺を見た。
「今、『配属ミスでは』と思ったな、有馬」
「……少し」
「全部顔に出ている」
「すみません」
「謝るな。直せ」
無理難題だった。
篠宮教官は教室全体を見回した。
「零班は、優等生の特別班ではない。落第寸前の者、扱いづらい者、成績に大きな偏りがある者をまとめ、叩き直すための班だ」
白鷺が小さく手を挙げた。
「教官、その言い方だとだいぶ傷つくんですが」
「事実だ」
即答だった。
篠宮教官は淡々と続けた。
「白鷺千景。変装適性、模倣精度ともに高い。規律意識は最低」
「九条玲央。記憶力、分析力は優秀。協調性は壊滅的」
「火村匠。工作技術は高い。安全意識は零」
「大河内豪。体力、持久力、突破力は優秀。筆記と会話が弱い」
「有馬直。射撃適性は群を抜く。だが駆け引き、虚実の運用、対人の腹芸が致命的に不得手」
心当たりがありすぎて、反論できなかった。
「だが、欠点があるから集めたのではない。長所が極端だから集めた。穴だらけだが、穴の形が違う。互いに埋められる可能性がある」
俺は顔を上げた。
「見捨てるための班ではない。使いものにするための班だ。甘やかす気はないが、切り捨てるつもりもない」
白鷺がぼそっと言った。
「最後だけちょっと優しい」
「聞こえている」
「はい」
「校則は読め。特に零班に関しては追加条項がある。私物の無断改造禁止。校内設備への細工禁止。変装は許可制。九条、人を見下した発言を控えろ。大河内、備品を壊すな。有馬、顔に出すな」
「俺にだけ抽象的じゃないですか!?」
教室の端で、白鷺が肩を震わせた。九条まで少しだけ口元をゆがめたから、たぶん笑っていた。
篠宮教官は気にせず紙束を配り始めた。
俺の机にも一枚、すべってきた。
時間割だった。
一限 観察基礎
二限 記憶法
三限 会話術
四限 暗号初歩
五限 変装理論
六限 模擬射撃
「……は?」
「何だ」
「中一の時間割に見えないんですけど」
「本校の標準だ」
「標準!?」
白鷺が身を乗り出した。
「お、変装理論あるじゃん。最高」
九条は紙を一瞥して言った。
「会話術は有馬に必要だな」
「お前にも協調性って科目が必要だよ!」
火村は目を輝かせた。
「模擬射撃のあとに工作実習ないの!?」
「相性で授業作るな」
大河内はじっと紙を見てから、小さくつぶやいた。
「……筆記、ある」
「そこ気にするのか」
「苦手」
篠宮教官は最後に黒板へ予定を書いた。
『明朝六時 校長室前集合 初回実技』
俺はその文字を見て固まった。
「校長室前?」
「遅刻するな」
「立ち入り禁止って」
「許可は出ている」
「初回実技って何やるんですか」
「見ればわかる」
いちばん信用ならない答えだった。
白鷺は楽しそうだし、火村はわくわくしているし、九条はもう何か考え込んでいる。大河内は「六時……」とだけつぶやいた。
その真ん中で、俺だけが完全に置いていかれていた。
名門男子校みたいな顔をした学園。
妙に厳しい規則。
意味のわからない時間割。
初対面で人を騙すやつ、刺すみたいにしゃべるやつ、歓迎装置を暴発させるやつ、静かに机を壊すやつ。
そして、その全員と同じ班に入れられた俺。
机の上の紙と、周りの四人を交互に見て、俺は本気で思った。
どう考えても配属ミスだ。
教室の空気が、一瞬で変わった。
入ってきたのは、細身の男の人だった。黒い教官服みたいなスーツを着ていて、目だけが笑っていない。その人は、拳を胸に当てたままの俺と、紙テープだらけの床と、火村の手の中の残骸を順番に見た。
「……ずいぶん景気がいいな」
白鷺がそっと腕章を背中に隠した。
男の人は教壇に立った。
「着席。私は篠宮だ。一年零班の担当教官を務める」
篠宮教官は教卓に手を置いた。
「まず言っておく。零班は誤記ではない」
俺はびくっとした。
たぶん顔に出た。
案の定、篠宮教官はまっすぐ俺を見た。
「今、『配属ミスでは』と思ったな、有馬」
「……少し」
「全部顔に出ている」
「すみません」
「謝るな。直せ」
無理難題だった。
篠宮教官は教室全体を見回した。
「零班は、優等生の特別班ではない。落第寸前の者、扱いづらい者、成績に大きな偏りがある者をまとめ、叩き直すための班だ」
白鷺が小さく手を挙げた。
「教官、その言い方だとだいぶ傷つくんですが」
「事実だ」
即答だった。
篠宮教官は淡々と続けた。
「白鷺千景。変装適性、模倣精度ともに高い。規律意識は最低」
「九条玲央。記憶力、分析力は優秀。協調性は壊滅的」
「火村匠。工作技術は高い。安全意識は零」
「大河内豪。体力、持久力、突破力は優秀。筆記と会話が弱い」
「有馬直。射撃適性は群を抜く。だが駆け引き、虚実の運用、対人の腹芸が致命的に不得手」
心当たりがありすぎて、反論できなかった。
「だが、欠点があるから集めたのではない。長所が極端だから集めた。穴だらけだが、穴の形が違う。互いに埋められる可能性がある」
俺は顔を上げた。
「見捨てるための班ではない。使いものにするための班だ。甘やかす気はないが、切り捨てるつもりもない」
白鷺がぼそっと言った。
「最後だけちょっと優しい」
「聞こえている」
「はい」
「校則は読め。特に零班に関しては追加条項がある。私物の無断改造禁止。校内設備への細工禁止。変装は許可制。九条、人を見下した発言を控えろ。大河内、備品を壊すな。有馬、顔に出すな」
「俺にだけ抽象的じゃないですか!?」
教室の端で、白鷺が肩を震わせた。九条まで少しだけ口元をゆがめたから、たぶん笑っていた。
篠宮教官は気にせず紙束を配り始めた。
俺の机にも一枚、すべってきた。
時間割だった。
一限 観察基礎
二限 記憶法
三限 会話術
四限 暗号初歩
五限 変装理論
六限 模擬射撃
「……は?」
「何だ」
「中一の時間割に見えないんですけど」
「本校の標準だ」
「標準!?」
白鷺が身を乗り出した。
「お、変装理論あるじゃん。最高」
九条は紙を一瞥して言った。
「会話術は有馬に必要だな」
「お前にも協調性って科目が必要だよ!」
火村は目を輝かせた。
「模擬射撃のあとに工作実習ないの!?」
「相性で授業作るな」
大河内はじっと紙を見てから、小さくつぶやいた。
「……筆記、ある」
「そこ気にするのか」
「苦手」
篠宮教官は最後に黒板へ予定を書いた。
『明朝六時 校長室前集合 初回実技』
俺はその文字を見て固まった。
「校長室前?」
「遅刻するな」
「立ち入り禁止って」
「許可は出ている」
「初回実技って何やるんですか」
「見ればわかる」
いちばん信用ならない答えだった。
白鷺は楽しそうだし、火村はわくわくしているし、九条はもう何か考え込んでいる。大河内は「六時……」とだけつぶやいた。
その真ん中で、俺だけが完全に置いていかれていた。
名門男子校みたいな顔をした学園。
妙に厳しい規則。
意味のわからない時間割。
初対面で人を騙すやつ、刺すみたいにしゃべるやつ、歓迎装置を暴発させるやつ、静かに机を壊すやつ。
そして、その全員と同じ班に入れられた俺。
机の上の紙と、周りの四人を交互に見て、俺は本気で思った。
どう考えても配属ミスだ。