ポンコツ執事なのに、お嬢様に溺愛される
 キャラクター選択を終え、意識はすでに画面へと沈み込んでいる。周囲の音も、視線も、全て遠のいていく。
 ―――……そのはずだった。

「おい、そこの坊主」

 低く、よく通る声が背後から落ちてきた。
 ボタンに乗せていた指が僅かに止まり、周囲から音という音が消える。

(……誰だよ、今いいところなのに)

 胸の内で舌打ちが零れた。
 今は試合の直前、集中が途切れるのは致命的だというのに。
 無視しようかとも思ったが、妙に気配が近い。すぐ後ろに立たれているような圧を感じる。
 仕方なく、ほんの少し顔を顰めながら振り返った。

「……は………」

 そこで、動きが止まる。
 視界に入ったのは、明らかにこの騒がしい空間には場違いな男だった。
 黒いスーツに、がっしりとした体格。無造作に撫でつけられた髪に、鋭い目つき。
 立っているだけで周囲の空気が重くなるような、そんな存在感。
 まるで、映画に出てくるような―――否、それ以上に現実味のある、いかにも“そっち側”の人間。
 ヤクザ、という言葉が頭を過る。

(だ、誰だよこの人……てか、なんで俺?)

 頭の中で言葉は浮かぶのに何も言えず、目の前の男を見上げたまま固まった。
 その間にも、画面の中ではカウントが進んでいる。対戦はすでに始まっていたが、そんなことに意識を割く余裕はなかった。
 男は、じっと見下ろしてくる。
 逃げ場のない視線を向けられ、身体が根を張ったように動かない。

「暇そうだから、仕事をやろう」

 前置きも何もなく、無表情のままの男は唐突にそう言った。
 ゲームセンター特有の騒がしさと空気感なんて、まるで気にしていない。むしろ、その場にいるだけで辺りの空気を変えてしまうような男。
 そんな、存在すら意味が分からない男の発言は、当然意味が分からない。
 言葉の一つ一つは理解できるのに、それらが点と点で繋がらないのだ。
 頭の中で何度か反芻しても、自分の身に迫っているこの状況と結びつかなかった。

「……はあ!?」

 間の抜けた声が、思わず漏れる。
 端っこにいるとは言え、それでもゲームセンターの中であることには変わりない。
 そのはずなのに、意思と反して漏れ出た声はやけに大きく辺りに反響する。
 それは疑問でも否定でもなく、ただ純粋な困惑だった。
 男は眉一つ動かさず、その反応を受け止める。
 背後では、対戦の効果音が虚しく鳴り続けていた。
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