地球の神様『生物係』!

学校生活開始⋯⋯できない!

 地球という星はとても美しい。
 
 豊富な海の青。
 生き生きとした森の緑。
 恵みをもたらす大地の橙。

 地球は、太陽系第3惑星として多様な生命を宿して佇んでいる。
 そんな地球には、現在に至るまで数多くの侵略者が訪れていた。
 地球を我がものにしようとする異星人。地球は我がものだと主張する神や悪魔などの異界のもの。そして、地球を掌握せんとばかりにはびこる人間達。

 地球はその美しさを奪われないように、やがて自ら新しい神を生み出した。
 地球の神は男女の双児に分けられ、地球の何処かへ産み落とされた。
 
 同じ容姿、同じ地球の輝きを宿した瞳。
 異なるのは性別と、有した能力。
 
 生物(いのち)を司る能力。
 自然を司る能力。
 
 地球はその全ての権限を双児へ分け与えた。
 
 美しい地球を永遠に護るために。
 


 今日はとてもいい天気だった。
 雲ひとつない青空に太陽の光が輝いている。
 日本のある離島には人口5万人程が住んでいる。そんなのどかな島の公園では、母親と小さな子どもや、老人達の穏やかな談笑が満ちていた。
 そんな中、土の中からぷはぁっと顔を出す子どもがひとり。

「⋯⋯やっと戻ってこられた」

 通算5回目の登校失敗。
 顔中土まみれ、髪ももちろん土で彩られている。買ったばかりの制服も見るも無惨な状態だ。
 ちくしょう、洗濯するの誰だと思ってんだ。

 本日は地底人のお招きだった。

 思い返せば中学校の入学式。妹達とさぁいざ学校へと思った矢先に怪鳥に攫われた。巣の中で赤ん坊の誕生を一緒に祝って、帰ってきた頃にはもう入学式は終わっていた。
 次の日は砂浜から海亀が挨拶にきた。海亀は足が遅い。挨拶が終わるまでに初日の授業は終わっていた。

 そして本日。
 登校しようと思った矢先、地面に穴が空いた。落っこちた先は地底人の住む街で、歓迎パーティを開かれた。
 お土産に小さなつづらをもらって這い出た先は近所の公園で。
 いきなり土の中から出てきた学ランの金髪頭に、親子連れがざわざわとざわめいている。おれも出たくて出てきたわけじゃない。何で帰りは空洞じゃないんだよ。穴空けて欲しかった。

「はぁ⋯⋯」

 重い身体を持ち上げて、空を見る。もう太陽は真上から傾いている。今日も昼をまたいでしまった。
 
 とりあえず帰ってお風呂入りたい。
 
 全身土まみれの柚木香流(ゆずきかおる)は、地面から這い出でるととぼとぼ自宅への道を歩き始めた。



 輝くようなプラチナブロンドの髪と、青と緑と橙が混在した地球の瞳(アースアイ)を持つ特徴的な外見はこの日本の島では非常に目立つ。
 加えて360度美少女にしか見えない外見はいくら短髪にしていても、学ランを着ていても隠せない。

「お嬢ちゃん、そんなボロボロでどうしたの?」

 帰り道、知らないおじさんが話しかけてきた。
 
 無視を決め込む。いちいち相手にしていたらキリがない。いいか、学ランを見ろ。おれは男だ。
 
 心の中で突っ込みながら早足に歩く。おじさんは疲れてきたのかふぅふぅしてきた。香流は更に速度を上げる。

「お嬢ちゃぁぁん」

 よし、振り切った。

 香流はひょいと垣根を登って、屋根の上へ登る。空が近い。そのまま日向ぼっこでもしたい気分だ。
 でも街の中は人の家に入ると通報されるという面倒くさいシステムがある。人目につかないようにさっさと家に帰るのが現時点では一番いい選択だ。
 屋根と屋根を渡って、向かうのは紺色の屋根の戸建て。
 築30年の歴史のある、そこそこ古い家が香流の新しい家だった。



 小さなつづらには金色に輝く小判がザクザク入っていたので、もう一度封をして戸棚の奥にしまっておいた。
 とりあえず着替えたい。風呂場で泥だらけの学ランを脱ぐ。あちこち引っ掛けてボロボロで、洗濯程度ではどうにもならさそうで。
 
 泣く泣く学ランにさよならを告げた。
 明日は予備を着ていこう。
 明日もし学校へ行けたらの話だけど。

「小判なんかいらないよ⋯⋯」

 香流はため息をかき消すように、勢いよくシャワーを出した。
 
 
 シャワーに入ってさっぱりした香流がリビングでくつろいでいると、玄関のドアが開いた。
 家族が帰ってきた。出迎えようか考えていたら、動き出す前に香流と同じ顔の妹が脇腹に突撃してきた。

「お兄ちゃん!いたの!」
「今日はどこ行ってたの?」

 妹に続いてもう1人の家族が入ってくる。
 弟の賢吾(けんご)だ。眼鏡をかけていて、何かの部活に入ったのか長い袋を抱えている。

「今日は地底人に歓迎されてきた」
「地底人ってモグラさん?」
「確かに、モグラみたいな奴らだった」

 長い鼻に茶色いずんぐりとした身体。でも背は香流の半分くらいしかなかった。
 
 セーラー服のままで妹が香流の隣に座る。長いプラチナブロンドの髪はポニーテールに纏められ、まん丸の瞳は香流と同じ地球を宿している。

柚姫(ゆずき)、先に着替えなよ」
「お兄ちゃんのお話聞きたいのよ!」

 部屋に向かいながら賢吾が苦言を呈した。3人の部屋は2階にある。賢吾がたんたんと階段を上る音が部屋に響く。
 この家は2階建ての4LDKで、下の和室を寝室にして、上の3部屋を各部屋にしている。キッチンのコンロは3口。古いながらもリフォームされており、使い勝手は悪くない。

「柚姫、着替えてこいよ。制服が皺になるぞ」
「後でお話聞かせてくれる?」
「いいよ」

 柚姫は「約束よ!」と念押しながら階段を急いで登っていった。


 ★★★★★
 

 次の日。朝起きると、掃き出し窓にはみ出るほどの巨大なトカゲが張り付いていた。

「⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯」

 身を寄せあって眠っていた3人が、トカゲを見て言葉を失う。
 
 いや、でかいな。
 これは⋯⋯どうすればいいんだ?
 
 育った森の中でもこんなトカゲは見たことがない。
 トカゲの目がぎょろりとこちらを向いた。爬虫類特有の瞳が香流をじっと見ている。

「⋯⋯お帰りください」

 絞り出すようにそれだけ言うのが精一杯だった。
 そしてトカゲは帰っていった。3人は顔を見合わせ、はぁー、と深い息をついた。

 香流が作った栄養たっぷりの朝食を食べ、お腹いっぱいになった3人は学校の準備をする。
 香流は思う。する意味があるのかなと。もう1週間学校へ行っていない。クラスメイトの顔も知らない。そもそも担任すら知らない。
 柚姫も賢吾も違うクラスだし、もう1人の森出身の幼なじみも違うクラスで自分だけが離れている。
 休んだ分、賢吾が渡してくれるプリントだけが溜まっていく。宿題はやるにはやるけれど、提出出来たこともない。

「お兄ちゃん、今日もチャレンジよ!」

 登校がチャレンジだと思われているこの状況もどうなんだろうか。
 まぁ仕方なく学ランに腕を通す。自分でも思うけど全く似合っていない。顔が柚姫と同じだから仕方ないけれど、せめてもう少し背が高ければなぁ。

「今日は敷地内くらいは行けたらいいね」

 同じ学ランを着た賢吾が言った。いつもながら目標が低い。香流は思わずため息を零した。
 確かにここはのどかで過ごしやすい島だけど、自然が溢れているせいで毎日毎日引越しのご挨拶に(いとま)がない。
 今日は家を出たらカモメがびっしり一列に並んでいた。カモメの水兵さん達が揃って敬礼をしている。

「可愛い!」

 柚姫は声を弾ませた。賢吾は香流の肩を叩いて可哀想な子を見る目で言った。

「頑張ってね」
「いや、何を?」

 口に出すとカモメが一斉に突撃してきた。
 耳がバサバサする!羽音が鼓膜を揺らしてと言うかもうバサバサバサバサうるさい!

「敬礼ー!」

 思わず叫んでいた。
 そして柚姫と賢吾は先に行ってしまった。

 
 アイツら、普通に置いて行きやがって。ちょっとくらい手伝えよな。
 心の中で文句を言いながら、カモメと共に海まで歩く。
 カモメが言うには、『子どもが柵に挟まってしまったのです』らしい。それは可哀想なので助けるのは構わないけど、今日も不登校歴更新だ。
 
 香流には動物の声が聞こえる。
 ありとあらゆる生き物の声が聞こえ、ありとあらゆる生き物が香流を一目見ようと押しかけてくる。
 
 まるで見世物の気分だ。
 
 今もカモメを引き連れて歩く香流を人々が遠巻きに見ている。
 くそぉ、やっぱり制服なんか着てくるんじゃなかった。
 浜辺に着くと、カモメが一斉に飛び立った。そしてある一点に下り立ち、『ここです』と口々に教えてくれる。
 近付くと、バトミントンのラケットに絡まっている小さなカモメがいた。
 網目に挟まって抜けないのか。カモメ的にはこれは柵に見えたんだな。

「痛かったなぁ」
 
 香流は側にしゃがみこんで、カモメの赤ちゃんの様子を確認する。
 まだ上手く鳴けないのか、きゅうきゅうと小さな鳴き声をあげていた。ラケットの網目に絡まっているのは右足だ。網目を指で引っ張って、スペースを作るとすぽっと足が抜けた。
 カモメの赤ちゃんが飛び立つ。母鳥らしきカモメの側へ飛んでいくと、嬉しそうに擦り寄っていた。

「良かったな」

 声をかけると、カモメは一斉に敬礼をした。
 一体どこで覚えたんだろうなぁ。可愛いので思わず口角が緩んだ。

 カモメはもう大丈夫だと言うのでようやく学校へ向かう。
 まだ昼前だ。今なら遅刻で済む。
 浜辺から通学路へ戻り、早足に進む。と、何かに足首を捕まれ思いきり転倒した。
 何とか手をついたが、それでも額を打った。コンクリートは土と違って普通に痛い。

「今度は何だよ!」

 叫ぶように振り返ると、それ、はいつもと違った何かだった。
 
 黒い霧のような粒子が浮いている。

 実体のない霧状のなにかに、赤く充血した目が3つ浮いている。目のひとつひとつは小さいが、その中央に位置する口だけはやたらとでかく見えた。
 思わず、息を飲む。
 
 何だこれは。生き物か?
 いや。生き物、ではないよな。
 
 呆然としている香流の前に、黒い粒子で象られた何かが伸ばされる。
 
 本能が警告を告げた。
 こいつに捕まってはいけない。

 思い切り捕まれた方の足を引いた。反動で靴が脱げたが、気にしている暇はない。
 くるりと反転し、クラウチングスタートの要領でスタートを切る。靴が片方だけは走りづらい。けどそんな事言ってる場合じゃない!
 
 ゾゾゾゾゾ、と耳障りな音がする。
 
 追ってきている。どこだ、どこへ行けばいい!?この島に引っ越して来た時に柚姫達と探検したのを思い出す。この辺は住宅街で小さな子どもも住んでいたはずだ。アレはどうなんだ、安全なわけないよな!?
 
 ぞわ、と背筋が冷える。勘で跳躍すると、真下を黒い何かが飛んできた。
 地面がぶすぶすと爛れていく。何かが焼けるような臭いが鼻をついて、避けて良かったと心底思った。
 けど、状況は全く好転していない。むしろヤバいと分かって状況は悪転した。
 このまま着地出来ないと判断して、勢いよく壁に向かって足を伸ばした。ギリギリ届いた。両足で壁に着地後、ただれていない地面に手をついて回転する。
 
 そして、対峙した。

 3つ目がじっと香流を見ている。何か見定められているような、値踏みされているような、ずっと背筋がぞわぞわ鳥肌が立って気持ちが悪い。

 とりあえず、物理攻撃は効くのだろうか。

 残っていた方の靴を脱いで、思い切り投げつける。
 実体がないので当たるはずもなく、ぽてんと靴は落ちた。それどころかじゅっと音を立てて瞬時に腐り落ちた。

「俺の靴⋯⋯」

 香流は悲しい顔をした。
 また買い直さなきゃいけない。一体何足ダメにするのって賢吾に怒られる。
 項垂れる香流の真上から、突然、澄んだ子どもの声が降ってきた。

「伏せて!」
「はい?」

 言われるまま伏せると、ごぉっ、と吹き飛ばされんばかりの風が吹いた。
 香流の金髪が揺れる。そして、顔を上げた瞬間霧散する黒い霧。
 目が3つ、コロコロと転がった。見た目がグロい。たじろいでいると、どこかから降りてきた学ラン姿の子どもが容赦なく目玉を踏み潰した。

「怪我はないかな?」

 にこやかに問われ、香流は首を振る。
 その子は、ふわふわとした銀髪の巻き毛に、紫色の大きな瞳の、どこからどう見ても女の子だけれど学ランを着ているのでかろうじて男なんだろうと分かった。
 香流は妙に親近感を覚えた。

「お前は絶対いいやつだ」

 見た目は美少女の少年をビシッと指さして香流は何故か胸を張った。
 完全に見た目で判断している。突然いいやつと褒められた少年はきょとんと目を張って、あぁ、とぽんと手を合わせた。

「どういたしまして!」

 イコール助けてくれてありがとうと判断したらしい。

「アレは悪意の残滓なんだよ。ひとが触れたら汚されてしまう」
「汚されるって言うか腐って溶けてたよな?」
「怖いよねぇ」

 いや、軽いな。なんか髪と同じでふわふわしているやつだ。

「殴っていいのか悩んでたから助かったよ」
「殴らなくて良かったねぇ」
「おれは柚木。お前も同じ服着てるから同じ中学生だろ?」

 詰襟の校章が同じだ。香流が校章をとんとんと指で叩くと、少年は急にずいっと近付いてきた。目を輝かせて両手を握られる。

「おれの隣の席のひと!」
「え、そうなの?」
「一度も学校来ないから探しに来たんだよ!道に迷ってるのかなと思って!」
「ものすごい迷子扱いされている」

 あながち間違いではない。ただし迷っているのは学校への道ではなくもはや学校へ行く意味だ。

「おれは中川!柚木くん、一緒に学校行こうよ!」
「いや、別に行きたくないわけじゃないんだけどな?」
「おれが案内してあげるよ!おれはこう見えても天界のナビって言われてるからね」
「⋯⋯天界?」

 何だか妙な単語が含まれていたぞ。
 怪訝そうな顔をする香流の手を引きながら、中川はさらりと言った。

「君が地球の神様でしょ」

 ―――バレている。

 香流は思わず手を振り払った。何でこいつは知っている。いくら隣の席だろうが、初対面で、それも名前しか知らなかったはずのやつに正体を知られているはずがない。

「何で知ってる」
「君の妹が友達に話してたよ?」
「柚姫ぃ⋯⋯!」

 おれの妹アホだった。
 いやいや、神様だってことは内緒にしようなって約束したじゃないか。変なやつが湧いてきたらめんどくさいだろうって賢吾が言ってたから。逆に変なやつと思われる可能性もあるしなって笑ってた引越し当日は何だったんだよ。

「何でそんなことに⋯⋯」
「君の妹が友達に言って、友達がその友達に言って、ほら人の口に戸は立てられないって言うからね」

 ふふんと中川は人差し指を立てた。何でちょっと偉そうなんだ。そのことわざくらい知ってるわ。

「君の机、参拝所みたいになってるよ」
「行きたくなくなること言うなよ」
「大丈夫大丈夫、ネガティブな事はないよ。先生も結婚出来ますようにって拝んでたから」
「おれは何の神様扱いなんだ?」
「信仰する神様なんて人によって違うんだから知らないよ〜」

 まぁ確かに言われてみればそれもそうか。
 中川はにこっと笑った。笑うと紛れもなく女の子にしか見えない。

「神様をサポートするのが天使の役割だからね!おれは天使族のお役目として、地球で修行しながら君を守る役割を司ったんだよ!」
「天使族?」
「そう、天使!」

 確かに見た目は天使っぽい。でも、羽はないしなんなら学ランを着ている。

「証拠は?」
「しょ、証拠?」
「羽ないの?」

 香流が言うと、中川は少しためらったあと、

「⋯⋯ある」

 小さな小さな羽を出した。
 デフォルメキャラクター並の小さな羽だった。

「羽ちっさ」
「⋯⋯修行中の身ですので」
「ふぅん⋯」

 香流は少し考えた後、よし、と、ひとつ頷いた。

「まぁさっきは助かったし、お前いいやつそうだからその修行に付き合ってやるよ」
「あ、そういうスタンス?」
「守られるなんて性に合わねぇもん。おれはさっきのよく分からないやつ倒せるくらい強くなる!お前は羽でかくする!その方がウィンウィンだろ!」

 香流はにかっと笑った。
 中川はぽかんとした。神様ってもっとこう天使と主従関係があるものと思っていたが、どうやらこの神様は違うらしい。
 
 いいやつそうだって。

 なんなら、君の方がいいやつじゃん。

「⋯⋯うん!」

 中川も笑った。嬉しい。全然学校に来ないし、会うまでは怖い人だったらどうしようとドキドキしていたけど、この子とならうまくやっていけそうだ。

「よろしくね、柚木く―――」

 目の前から香流が消えた。
 え、と中川は手を差し出したまま固まる。

「悪い、やっぱ学校行けねぇわー」

 大量のアホウドリに捕まれた香流が、空からのんびりと手を振っている。
 周りにはウミネコもいる。朝はカモメが来たし、今日は鳥の日かぁ。最早諦めて空の上を楽しむことにする。
 中川はぽかんと見上げながら、はっとして慌てて追いかけた。

「ねぇ、おれは飛べない天使なんだってー!」

 こうして、今日も香流の不登校歴は無事に更新されたのだった。
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