地球の神様『生物係』!

初登校

 香流達が住んでいるのは日本のある離島で、人口5万人程ののどかな島だ。
 それでも中学1年生は2クラスある。たまたま今年は1年生が多かったらしく、そのせいで家族の中で香流だけクラスが離れる事になってしまった。
 柚姫を賢吾と雲雀に押し付けて申し訳ない気持ちと、柚姫には別に友達を作って楽しんでくれたらという複雑な気持ちが混ざり合っている。
 クラスが分かれることを聞いた時はすこーしだけ寂しかったけど、今となってはどうせ学校に行けていないしどっちでも良かったなとしみじみ思う。
 
「おー、初めて入った」

 校門を抜け、白く整備された地面を踏みしめると謎の達成感が湧き上がる。
 入学式から10日。ようやく登校できた。すごく行きたかったわけではなかったけど、行かないとなぁと漠然と思っていて行けなかった場所なのでなんだか妙にほっとする。
 島の中学校は高校と隣接している。生徒数が少ないので中高一貫校として機能しており、高校生達も同じ校門をくぐって行く。
 学ランとスポーツバッグのちぐはぐな美少女を、他の生徒達がちらちらと横目に見ながら歩いていく。柚姫が隣にいるせいで余計に見られている気がする。
 
 双子が珍しいのか、金髪が珍しいのか。

 そのどちらともかも知れないとは言え、香流にはどうしようも出来ない事だ。視線は無視して柚姫と並んで正門まで歩いていく。
 1年生の教室は中学校舎の3階にある。柚姫も賢吾も雲雀も1組なので、ここでお別れだ。

「じゃあなー」

 香流が手を振ると、柚姫と賢吾と雲雀は同時に口を開いた。
 
「お兄ちゃん、じっとお椅子に座るのよ!」
「学校では大人しくするんだよ」
「授業中勝手に教室出るなよ」
「お前らおれのことなんだと思ってんの?」

 森の中に住んでいた頃、小学校に通っていたのは4人だけだった。柚姫達は知っている。香流が長い授業中じっと座っていられるわけがないと。
 なぜ誰ひとり香流と同じクラスになれなかったんだ。賢吾と雲雀は直談判しようと本気で悩んだが、どうせ一緒にいたところで止められないので考えるのをやめた。
 
 中学校は小学校と比べて生徒数も多い。
 さすがにこの人数で勝手に抜け出したりはしないはずだ。希望的観測だったが、賢吾と雲雀は香流の成長に望みを賭けることにした。
 香流が教室に入っていく。
 3人は静かに見守った。出てきたら止めようと少し身構えながら。
 そして香流はすぐに教室から出てきた。

「なぁ。おれの机、神棚作られてんだけど⋯⋯」

 賢吾と雲雀は同時に柚姫を見た。
 柚姫はこくりと頷き、

「ゆずの机にも神棚あるのよ」

 堂々とそう言った。
 香流はそれ以上何も言えなかった。


 
 神棚は黙って教室の後ろに片付けた。ご丁寧に水まで入れられている。なんか願い事がたくさん書かれている絵札まである。

 賢くなりますように。
 友達ができますように。
 結婚できますように。

 そっと神棚に並べておいた。その一挙一動を、クラスメイトがじっと見つめてくる。

 やりづらい⋯⋯。

 見るなと言いたい気持ちを抑えながら、あんまり波風立てたくないので黙々と準備を始める。
 幸いにも香流の席は窓際の一番後ろだ。教科書を机にしまっていると、教室の入り口から見知った声が聞こえた。

「柚木くん!おはよ!」

 中川だ。香流はほっとした。知っている顔がいると正直心強い。

「おはよ、中川」
「時間割分かる?」
「賢吾から休んだ分のプリントもらってるから大丈夫」

 香流の席の隣に中川がカバンを置く。そう言えば隣の席って言ってたな。思わず表情が綻ぶ香流に、クラスメイトが一気にざわつく。

「金髪美少女と銀髪美少女⋯⋯」
「眼福すぎる」
「もしや美貌の神だった⋯⋯?」

 おれは美少女でも美貌の神でもない。中川は知らないけど、おれは正真正銘男だ。

「おい」

 あまりにザワザワと女扱いされるので香流がクラスメイトを睨みつけた。
 女扱いされるのは慣れてはいるが面白くもない。美人に凄まれると迫力がある。クラスメイトは一気に静かになった。

「中川は知らないけどなぁ、おれはちゃんと男だ!」
「いやおれも男だよ?制服見て?」
「おれは将来めちゃくちゃでかいゴリラになる予定だからな!」
「でっかい夢だねぇ」

 腕を組んでふふんと宣誓する香流にクラスメイトは一斉にほっとした。
 
 この子、ちょっとアホの子だ。

「ねぇ、柚木くんって何の神様なの?」

 そわそわしていた女生徒が口火を切った。

「え⋯⋯」

 香流はどう言えばいいのか考えて、一瞬止まった。地球の神様と言っても柚姫と半分この担当だ。おれの担当を分かりやすく言うとすれば⋯⋯。

「⋯⋯生物(いきもの)係?」
「生物係?」

 オウム返しされた。さすがに雑な説明すぎたかな。香流は身振り手振りをしながら一生懸命説明を加える。

「動物が寄ってくる。動物の言ってることが分かる。動物が言うことを聞いてくれる⋯⋯」

 どこのプリンセスかな?

 口には出さないクラスメイトの心がひとつになった。あまりの説明の下手さに中川もぽかんとしている。

「柚木くん、国語苦手?」
「苦手も何も授業受けてないから」
「それもそうだね⋯⋯」

 話しているうちに、担任教師が入ってきた。背の低い男の教師で、黒髪を綺麗に角刈りにしている。

「お、柚木。来たのか!」
「はぁ」
「金髪と銀髪なんて先生初めてだよ。お前らが並ぶとご利益ありそうだな」

 そして手をパンパンと合わせられた。
 これは香流も知っている。参拝のポーズだ。合わせてクラスメイトも参拝し始める。

「結婚したい」

 どうやら担任は本気らしい。困惑して中川を見ると、真横で中川も手を合わせていた。

「飛べますように」
「お前も参拝すんのかよ!」

 幸先不安になった。


 ★★★★★
 

 授業自体はつつがなく進み、時々ぼーっと窓の外を見るくらいで香流はきちんと席に着いていた。
 窓の外ではスズメがダンスを踊っている。蜂の群れが突撃してきた時は思わず窓を閉めた。
 その時はさすがにクラスメイトの目線がこちらへ向けられた。香流が窓を指さすとみんなドン引きしていたので、やっぱり蜂は入れなくて正解だったようだ。

「柚木くん、続き音読してください」

 国語担当の初老の優しそうな先生が香流に声をかけた。
 蜂と戦っていてどこを読んでいたのか聞いていなかった。横からこそりと中川が教えてくれる。
 香流の前の席がいないので順番が飛んできたらしい。香流は教科書を持つと、すらすらと音読を始めた。

「か、漢字を読めるのか⋯⋯!?」

 初老の先生が急に劇画調になった。

「あぁ、囲いまで⋯⋯!すごい、毒と象の区別もつくなんて⋯⋯!」

 初老の先生が泣き出した。

 なんか妹がすみません。

 指定範囲まで読み終えると、初老の先生が大きな拍手を送った。その拍手はクラス中を飲み込み、拍手喝采の嵐が巻き起こる。

「演奏会でもしたのかな?」
「教科書読んだだけだよ」

 薄々思ってたけど、このクラス変なクラスだな。
 こうしてまた拝まれる回数が増える香流だった。


 
 同じような現象は他の授業でも起きた。
 算数は予想していた通り。社会も理科も最終的には先生に拝まれる始末で、うちの妹がご迷惑おかけしてすみませんと謝った方がいいのかと本気で悩んだ。

「教室居心地悪いんだけど」
「まぁ、おれ達少数派なんだから仕方ないよー」

 お昼休憩は、担任が屋上を開けてくれると言うので好意に甘えて屋上で弁当を広げていた。
 何だったら鍵ももらった。お前らだったら怪我しないだろと謎のお墨付きをもらい、中川と2人でのんびり屋上で日向ぼっこをする。
 中学校には給食はなく、弁当を作って持ってきている。今日は薄焼き卵のオムライス風、インゲンの肉巻き、プチトマトとチーズのパン粉焼き、じゃがいものきんぴらと柚姫のリクエストでフルーツ大福を別の容器に詰めてきた。
 中川はコンビニで買ってきた惣菜パンを食べている。香流は弁当の蓋におかずをいくつか乗せて、中川に渡した。

「そんなもんだけじゃなくてちゃんと食べろ」
「お母さん⋯⋯」
「誰がお母さんだ。ほら、箸も予備を貸してやるから」
「何で予備があるの?」
「柚姫が忘れるかと思って⋯⋯」

 お母さん⋯⋯。

「中川の弁当も作っ」
「嬉しい、ありがとう」
「食い気味」
「だって天界でお肉出ないんだもん。主食が果物とご飯の丼だよ。天丼って言うの」
「おれの知ってる天丼と違う」

 香流は言って、ん?と気付いた。

「天使って肉食べんの?」
「他は知らないけどおれは食べる!」
「変なやつ」
「クラスメイトに拝まれてる柚木くんには言われたくなーい」
「拝んでくれなんて頼んでないけどなぁ」

 中川はインゲンの肉巻きをぱくっと口に入れた。照り焼きソースが絡んで美味しい。
 幸せそうな顔をして食べる中川を、香流は呆れたように眺めていた。羽はマスコットキャラクターだし肉は食べるし、こいつは本当に天使なのかとっても怪しい。
 
 それに名前も中川だ。
 ⋯⋯いや、そもそも何で中川だ?

「なぁ、中川」
「なぁにー?」
「何でお前は中川なんだ?」

 中川はきょとんとした。
 大きな瞳が更に丸くなる。肉食べてるけど見た目だけは絵画の天使のようだ。
 
「おれが中川なのは、君が柚木だからだよ」
「おれ?」
「おれは君の隣の席になれれば名前なんて何でも良かったんだよ。中在家でも中村でも中山でも。最高神がじゃあ中川って決めたから中川になっただけ」
「えぇ⋯⋯」

 まさかの名付け元が自分だった。

 雲の隙間から太陽の光が覗く。今日は温かく学ランは少し暑いくらいだ。
 中川は平気な顔をして次のおかずに手を伸ばした。銀髪、紫の瞳の外見はどう見たって中川じゃない。香流は自分のことは棚上げしてうーんと腕を組んだ。

「もっと外国人みたいな名前だったら良かったのになぁ」
「そう?そう言うのならちゃんと天使名もあるよ。地上では中川って名乗ってるだけ」
「天使名?」
「ルシフェルって言うの。他のみんなには内緒だよ」

 中川はウインクをした。なるほど、天界と地上で名前を使い分けているのか。
 
 中川ルシフェル?
 ルシフェル・中川?
 
 どっちもしっくりこない。ふと、香流は中川と視線を合わせた。
 
「中川の方の名前は?」
「それがそこまで考えてくれなかったんだよねぇ」
「じゃあ中川ルシフェル?」

 香流が小首を傾げると、中川はいやいやと手をパタパタさせた。

「天界の決まりで、地上では天使名は名乗っちゃダメって決まってるから」
「変なルールだなぁ」

 地域によって名前のルールって全然違うんだな。
 ミドルネームがあったり、日本みたいに名字と名前のシンプルな形だったり、名字がない国もあるもんな。
 地球だけでもこんなに種類があるんだから、天界だってそういうものなのかもしれない。
 けど、これから地上で暮らすなら中川オンリーはなにかと不便そうだ。

「よし、今から中川の名前を決めよう」

 香流はごちそうさまと手を合わせて弁当箱をしまった。中川は何とも言えない顔で固まっている。

「別に中川だけでいいけど⋯⋯」
「中川だけでもいいけど、他に中川がいたらどっち呼ばれてるか分かんないじゃん」
「なるほどぉ⋯⋯?」

 香流は空を見上げて、思考を巡らせる。
 
 中川に合う名前。天使っぽいの。

 空を眺めていたらパタパタ羽音を立ててスズメが寄ってきた。気が付けばさっき締め出しした蜂の群れも周りを飛んでいる。
 中川は香流から少しだけ距離を取った。増えている増えている。見たことない虫まで増えている。

「羽音がうるさい!!」

 あ、キレた。

「整列!」

 香流は塔屋にスズメと虫達を種族ごとに整列させた。
 その中で、数匹、整列しない虫がいる。
 この地球上において、地球の生命体が香流の命令を無視することは有り得ない。
 それは虫においても同じことだ。

「中川、こっちに来い!」
「おれ虫苦手なんだよね」
「いいから来いってば!」

 香流が中川の手を引き寄せる。そのまま後ろ側へ回し、5匹の命令無視虫と対峙した。
 5匹はそれぞれ、赤、青、黄、緑、黒に色が分かれていた。
 蜂と言うよりは虻のような見た目だ。大きさは3cm程で、赤を頂点として三角に並んでいる。
 
 香流はこの一週間で学んでいた。
 命令を聞かない生き物は地球の生き物ではないこと。
 そして、何かの目的があって自分を攻撃してくることがあること。

《よく分かったな美しき地球の神よ》

 なんかすごく偉そうに語りだした。
 香流は黙って上靴を脱ぐ。

《我らはエントモフィア星から来たエントモフィア星人である。大人しく地球を明け渡―――》

 バシーン。

 香流は容赦なく赤色を上靴で引っぱたいた。
 続いて全色纏めて地面に向かって上靴を振り抜く。

《まだ話のとちゅ⋯⋯う》
「どうしようコレ⋯⋯」
「後先考えて行動しようね?」

 ピクピクと瀕死のエントモフィア星人達を指さして、香流は中川を振り返る。
 中川は呆れた目で香流とエントモフィア星人を眺めていた。出来れば虫は触りたくないし近寄りたくない。中川が動かないと分かったのか、香流は仕方なくとどめを刺す事にした。

《待ってくれ地球の神よ!》
「来世は地球で産まれてこれたらいいな」
《その時はよろしくぅ》

 香流はよいしょ、とエントモフィア星人を踏み潰す。
 塵のような黒い粒子が風に乗って飛んで行った。空はいい天気だ。爽やかな風を感じながら、あ、と香流は両手を打った。

「中川の名前、ソラにしよう!」
「なんか思いつき方が複雑なんだけど」
「かっこいいから漢字は宇宙の宙な!」

 無邪気な香流に何も言えず、中川はまぁいいかと肩を竦める。

「じゃあ今日からおれは中川宙ね」
「ちゃんといつか飛べますようにって願いも込めておいたからな!」
「後付けが恩着せがましいなぁ」

 香流と中川は顔を見合わせてふっと笑った。
 そんな様子を、スズメと蜂が整列したまま微笑ましく眺めていた。
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