The One


「……熱い」


撫でるみたいに、ゆっくりと。

逃げられない。


「……先生」

名前を呼ぶと、

「ん?」

すぐ近くで返ってくる。

距離が、ゆっくり縮まる。

息が触れる。

あと少しで——

キス、する。


「……っ」

目を閉じかけた、その瞬間。

プッ——

後ろから短いクラクション。

信号が、青に変わっていた。

「……はぁ」

先生が小さく息を吐く。

ほんの一瞬、名残惜しそうに目を閉じて——

「……タイミング悪すぎたな」

小さく呟いて、ハンドルに手を戻す。

車が、また走り出す。

さっきよりも静かな車内。

でも——

頬に残った熱も、
触れられた感触も、

全部、消えない。

「……奈桜」

不意に名前を呼ばれる。

「……はい」

「……帰したくなくなるから、あんま煽るな」



低く、少しだけ掠れた声。



「……っ」



何も言えなくなる。

嬉しくて、苦しくて。

胸がいっぱいで。

窓の外を見るふりをして、
顔を隠す。

でも——

口元が、どうしても緩んでしまうのを、止められなかった。




車が、ゆっくりと減速する。

見慣れた景色。

いつもの帰り道。

なのに——

今日だけは、全部が特別に見える。



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