君に届くのは、10分の1だけ
表紙を見た瞬間、
胸の奥が強く痛んだ。

律はノートを膝の上に置いて、しばらく黙る。

開くのが怖かった。

でも、開かなければいけない気がした。

柚希が最後にここへ置いたものなら、
今はもう、自分が受け取るしかないと思った。

律はゆっくり表紙を開く。

見慣れた字が並んでいた。

未来ノート。

その下に、
二人で分けた欄。
年齢。
小さな予定。

18歳。
19歳。
20歳。
23歳。

律は自分の欄を見る。

18歳
美大合格

22歳
卒業制作で大きい絵を描く

23歳
小さくていいから個展を開く
柚希に「どう?」と聞く
たぶん「好き」って言われる

最後の二行を見た瞬間、
律は思わず目を閉じた。

こんなの、あまりにも自分だった。
少し照れながら書いて、
柚希に「勝手」と言われて、
でもたぶん本気でそう思っていた。

柚希なら言うと思っていた。
好きって。
ちゃんと、自分の絵に。

律は次の欄へ目を移す。

柚希

17歳

その数字を見て、少しだけ息が止まる。
そこから先に続く字は、
全部、律がいる前提で書かれていた。

18歳
春 瀬川くんの合格を一番に聞く
夏 学校の展示を見る
   感想をちゃんと言葉にする

19歳
海に行く
帰りの電車で眠くなるまで話す

字は几帳面で、
年齢の横に小さく季節まで書いてある。

いかにも柚希らしかった。

数字から先に置いて、
そこへ少しずつ希望を足していくみたいな書き方。

律はページをなぞる。

柚希の未来には、
自分がいないものがなかった。

個展に行く。
感想を言う。
一番に合格を聞く。
海に行く。

どれも全部、
律がいる前提でしか成り立たない。

それがうれしくて、
同時に、苦しかった。

二人の欄を見る。

17歳
川沿いの道をまた歩く
同じ場所で、今度はちゃんとゆっくり

20歳
遠くへ行く
朝から夜まで一緒にいる

律はその一行を見て、
喉の奥がひどく熱くなるのを感じた。

間に合わせよう。

あの日、川沿いの道でそう言った。

二十歳のやつ、まだ間に合うかな。

その問いかけに、
柚希は「間に合わせよう」と答えた。

あれは、ただの会話じゃなかったのかもしれない。

律はページをめくる。

白いページ。
まだ何も書かれていないページ。

でも、二十三歳のところで手が止まる。

そのページには、
二人で書いた文字のまわりに
少しだけ余白があった。

そして、その余白に、
小さな字が増えていた。

律は最初、それが何なのか分からなかった。

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