ツンデレ男児 ― 本音を出したら、ちゃんと届いた ―

第13話「いちかせんせいだから」

帰りの準備の時間
教室の中は、少しだけ慌ただしい。
「トワくん、これ入れてね」

「うん」

いつも通りのやり取り。
でも最近は、「むずかしい」とか「あとでやる」とか、少しずつ言葉が増えてきた。

——変わってきたな。

そう思いながら、私は様子を見ていた。 そのとき、

「せんせーい、できない!」  
別の子の声

「はーい」

私はそちらへ向かう。

少し離れたところでは、
アイカ先生が別の子の対応をしていた。 子どもに向ける声は、やわらかくて優しい。

「大丈夫だよ、一緒にやろっか」

安心させるような声。
その様子を、トワくんが見ていた。
しばらくして、トワくんの手が止まる。 通園バッグのチャックが、少しだけ引っかかっている。
前なら、黙ってやっていたはず。
でも、

「……いちか先生」

小さな声。
私は振り返る。

「どうしたの?」

「……これ、むずかしい」

バッグを少しだけ持ち上げる。

「そっか、一緒にやろっか」

「……うん」

隣に座って、ゆっくりチャックを整える。

「ここ、こうするといいよ」

トワくんが手を動かす。
少しだけぎこちない。
でも、自分でやる。

「できた」

「ほんとだね」

そう言うと、トワくんは少しだけ考えるような顔をした。

「アイカ先生も、やさしい」

ぽつりと呟く。

「うん、やさしいね」

そう答える。
トワくんは少しだけ黙って、 それから、

「……でも」

小さく続けた。

「……いちか先生のほうがいい」

その言い方は、はっきりしているようで、でも少しだけ迷いもあって。
自分でもうまく説明できない、みたいな。

「なんで?」

あえて聞いてみる。
トワくんは少しだけ考えて、

「……わかんない」

正直な答え。

それから、

「……でも」

 少しだけこちらを見る。

「……いちか先生だと、だいじょうぶ」

その言葉を聞いた瞬間。
胸の奥が、じんわりと熱くなった。

「そっか」

それしか言えなかった。
トワくんはまた、前を向く。
バッグを閉じて、ちゃんと持って、立ち上がる。
その動きは、やっぱりしっかりしていて。
でも、ほんの少しだけ、
“頼ったあとの子ども”の顔をしていた。
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