婚約者の浮気が発覚したので、街の中心で「誰か私を貰って!」と叫んだら大物が釣れました

第23話 僕の声を聞いて

 ──暗い……暗くて、寂しい……深い海の底に沈むような感覚。

(ここは…?)

 頭がぼんやりしていて、意識がはっきりしない。体は自分のものじゃないみたいに軽くて、四肢の感覚がない。

 ただ闇に身を委ねる事しか出来ない……不思議なことに恐怖はない。恐怖がない事が逆に怖いくらい。

 何故、私はここにいるのか……何が起こっているのか……私は一体、何者なのか……ダメ。考えようとするけど、頭が働かない。

(眠い……)

 意識が薄れていく。

『……か……つぇ…か……』

 遠くで声がする。

 悲痛な声。時折、愛おしい者を呼ぶような柔らかくて温かい声も聞こえる。

(誰……?)

 眠りにつこうとしていたのに、声が気になって眠りにつけない。その内、遠くに聞こえていた声が近づいていることに気が付いた。

『……ツェスカ……』

 はっきりと聞こえた。

『愛してます』
『早く目を覚まして』

 愛を囁く声に、胸が熱くなるような気がした。でも、今の私は早く眠りにつきたいという思いの方が強かった。

(うるさい……眠りたいの)

 耳を塞ごうにも手は動ない。その間も黙ることなく、ずっと声が聞こえてくる。

『貴女は僕のものでしょう』

(うるさい……黙って……)

『……僕の前で、いつまでもそんな無防備な姿を晒していていいんですか?』

(な、にを……?)

『悪戯されても文句は言えませんよね?』

(──ッ!?!?!?!?!)


 ***


 ツェスカの意識が戻らぬまま二日が経とうとしていた。伯爵との約束の期日まで残り一日となり、正直焦っていた。

「どうしたら……!」

 自分の力のなさに情けなくなるが、時間は待ってくれない。焦りが苛立ちとなり、行き場のない怒りを消化できず、部屋は荒れ放題となっていた。

 使用人達も、腫物を扱うようによそよしい。

「珍しく荒れとるやないか」

 揶揄うような言葉と共に顔を出してきたハオランを睨みつけた。

「……今は貴方の相手をしている暇はないんです」
「お~こわッ」

 ハオランは気にせず部屋に入ってくると、ツェスカの様子を確認するように側に寄った。視線を合わせるように目を見つめるが、ツェスカと視線が合う事はない。それでも、ジッと何かを確認するように目を離さない。

「ふ~ん。……こりゃ、心が奪われとるとちゃうな」
「え?」

 ハオランも術にも詳しいことは知っていたが、まさか術者が見破れなかった違和感に気付くとは思わなかった。

「早い話が眠らされとるだけや。心は残っとる。術が解けんなら、叩き起こせばええ」
「……簡単に言いますが、それが出来るとでも?」
「出来る出来ないやない。やるんや。アンタ、諦めたくないんやろ?」

 いつもは軽口を叩いて来るのに、急に真面目な事を言ってくることがあるから困る。

「ま、あとは、ツェスカちゃん本人に頑張ってもらえばええんちゃう?そやねぇ…歯の浮きそうな甘い言葉でも吐いてみ?気色悪ぅて、飛び起きるかもしれんやん」

 ニヤニヤ薄笑みを浮かべている。この男はどこまで本気なのか分からない。
 しかし、可能性がゼロじゃないのなら試す価値はある。

「ツェスカ。愛してます」

 優しく頬に触れながら、軽めに愛を囁いてみた。

 …ピクッ

「!!」

 微かだが反応を見せた。

「ハオラン!」
「おぉ、見とったよ」

 子供のように喜びを全身で表した。ハオランも嬉しそうだった。

 ようやく灯が見えた。微かな灯だが、この灯を消すことは許されない。何度も何度も、愛してると繰り返し伝えた。目を覚まして僕を見てと……いつものように微笑んでくれと……

「あかんね。いまいちやわ」

 しばらく声をかけ続けたが、あれ以降反応はなかった。

「……気持ちが足りないのでしょうか」
「んなアホな。殿下の気持ちは十分や。聞いとるこっちが照れ臭いわ」
「では何故?」

 僕の問いに、ハオランが顎に手を当てて考える仕草を見ている。

「ん~、そやねぇ。ツェスカちゃんは、どっちかゆーと甘い言葉は嫌悪するタイプやし、押してダメなら引いてみるんは?」

 要は、甘い言葉がダメならば、意地の悪い言葉を掛けてみればいいという事。

 ハオランの言う通り、ツェスカは甘い言葉で心を動かすような子ではない。
 少し言い足りない気もするが、足りない分は目が覚めてから存分に囁いてあげればいい。僕の気が済むまで、永遠に──

「……いけない子ですね。こんな術に心を囚われるなんて……貴女は僕のものでしょう?」

 耳元で、囁くように咎める。

「僕の前で無防備な姿を晒していいんですか?……それじゃ、悪戯されても文句言えませんよね?」

 煽るような言葉を掛けながら、ゆっくりと顔を近付ける。
 柔らかな息がかかる。艶のある果実のような唇に、ゴクッと喉が鳴る。

 ──もうこのまま唇を奪ってもいいだろうか。

 いけない。と思いつつ、目の前の甘美な誘惑に自分の欲が抑えられない。

 柄にもなくドキドキしながら、唇に触れ──……

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 ゴンッという鈍い音と激しい衝撃を感じた。

「な、なななななにしてんですか!?寝込みを襲うなんて卑怯ですよ!」

 一瞬、何が起こったのか分からなかったが、ハオランの「あ」という間の抜けた声と、同時に聞こえてきた怒号に目を見開いた。

「ツェスカ……?」
「は?何言ってんですか?寝ぼけてんですか?」

 素っ気ない態度を取ってくるが、その頬は赤く染まっている。

(あぁ、本当にツェスカだ……)

 涙が出そうなほど嬉しく、嫌がるツェスカを力いっぱいに抱きしめた。




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