傷ついた王子は森の魔女に癒される
「正直なところを言うと……僕にはもう、生きる理由がないんだ」
「はっ、情けないこと。『死にたい』とは言えないのね」
「……」

 彼女の言うことはもっともだ。
 命を奪われる瞬間を知ってしまったせいだろうか。
 僕はまだ、自ら命を捨てる覚悟ができていない――。



 窓の外から木々のざわめきが聞こえる。それはリリアナの家で聞いた音とほとんど一緒だった。胸の奥にしまい込んだ記憶が簡単に引き出されてしまう。
 もう二度と戻れない日々を思えば、いっそその記憶を抱き締めて、いつまでも眠り続けたい――そう願わずにはいられない。

 ファリエルがなにも言えずにいると、コーデリアが足を組み直した。
 また黒髪を払って、淡々と切り出す。

「生きる理由を失くしたなら……、そうね、記憶を消す薬(・・・・・・)を作ってあげるわ」
「記憶を消す薬……」

 リリアナのことを忘れる――。
 そうなった瞬間を想像するだけで、ぼろぼろになった心に痛みが走る。
 でもリリアナを想えば想うほど、彼女の方から別れを告げられた事実が胸を押しつぶし、思考が停止する。

 本来なら僕は、125年前に死んでいたはずだ。
 リリアナを想いながら死を選ぶのも、リリアナを忘れて別人に生まれ変わるのも、もはや露ほどの差もないように思えた。

「その方が……いちからやり直せていいのかもしれないな……」
「あきれた。さすが王子様ね。尽くされるのが当然って思っているんでしょう」

 すかさず鋭い口調を叩きつけられて、思わず顔を上げる。
 別の意図があるのか?
 でもなにも思いつかず、次の言葉を待つ。

 するとコーデリアが顎を上げ、口の端を吊りあげた。

「あんたの記憶を全部消した上で、なぜ殺されるかもわからないまま殺してあげる。生きる意味をなくしたなら、最期に私の腹いせに付き合いなさい」
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