キスしない約束の恋
【上】第1話 顔を隠す理由
人と目を合わせるのが、怖い。
だから私は、いつも前髪を深く下ろして、顔を隠す。
――別に、理由なんて大したことじゃない。
ただ、見られたくないだけ。
見られて、何かを言われるくらいなら、最初から避けたほうがいい。
「……おはよう」
教室に入ると、誰とも目を合わせずに自分の席へ向かう。
クラスメイトの視線が、少しだけこちらを向くのがわかる。
でも、それ以上近づいてくることはない。
――怖いから。
私が。
じゃなくて。
“私が怖いから”
そう思われていることくらい、もうとっくに気づいている。
暗い。無表情。話さない。
そんな私に、近づく理由なんてない。
それでいい。
それで、楽だから。
余計なことを考えなくて済む。
「テスト返すぞー」
先生の声で、教室の空気が少しだけ明るくなる。
答案が配られていく中、私の名前が呼ばれる。
「……また一位か」
小さくざわつく教室。
でも、誰も私に話しかけてはこない。
私はただ、答案用紙を受け取って、静かに机の上に置いた。
満点。
いつも通りの結果。
嬉しいとも、誇らしいとも思わない。
ただ、“これしかないから”やっているだけ。
勉強をしていれば、何も言われない。
ちゃんとしていれば、誰にも迷惑をかけない。
それが、私のルール。
私の生き方。
――それで、いいはずだった。
昼休み。
私はいつものように、屋上へ向かう階段の途中にある踊り場でひとり、お弁当を開く。
ここは人が来ない。
静かで、安心できる場所。
――なのに。
「こんなとこで飯?」
不意に、低い声がした。
びくっと肩が跳ねる。
振り向かなくてもわかる。
この声。
この雰囲気。
――関わってはいけない人。
校内でも有名な、不良。
名前は、たしか……。
「お前、あの有名なやつだろ。ずっと下向いてる」
足音が近づく。
逃げたい。
でも、体が動かない。
「なあ、顔見せてみろよ」
「……っ」
反射的に、顔を隠すようにうつむく。
すると。
ぐい、と顎を掴まれた。
「やめ――」
言い終わる前に、強引に顔を上げられる。
前髪が、はらりと揺れて。
――視界が、開けた。
その瞬間。
「……は?」
目の前の彼が、固まった。
驚いたように、目を見開いて。
まじまじと、私の顔を見つめてくる。
「……お前」
さっきまでの軽い空気が消えている。
「なんで隠してんの、それ」
「……っ」
何も言えない。
言葉が出てこない。
ただ、見られていることが怖くて、手で顔を覆おうとする。
でも、その手を掴まれた。
「もったいな」
「……やめて、ください」
やっと出た声は、小さく震えていた。
「見ないで」
すると彼は、一瞬だけ黙って。
それから。
ふっと笑った。
「無理」
「……っ」
「だって、面白ぇもん」
面白い。
その言葉に、胸がぎゅっと締めつけられる。
やっぱり。
私は、そういうふうに見られる。
変わってるとか、珍しいとか。
そういう対象。
――だから、隠してるのに。
「なあ」
彼が、少しだけ顔を近づける。
「お前、変われるぞ」
「……え?」
「その顔、ちゃんと出したら」
意味がわからない。
ただ、頭が追いつかないまま。
「俺の姉貴、スタイリストなんだよ」
「……?」
「めちゃくちゃ有名でさ」
どこか楽しそうに、彼は言う。
「お前、素材はいいから」
にやっと笑って。
「化けさせてやる」
「……いりません」
即答だった。
これ以上関わりたくない。
変わる必要なんてない。
今のままでいい。
なのに。
「へぇ」
彼は、面白そうに目を細める。
「じゃあ余計やりたくなった」
「……っ」
「逃げんなよ」
そう言って、くしゃっと私の前髪をかきあげる。
また、顔が露わになる。
心臓がうるさい。
「絶対変えてやる」
その言葉は。
まるで宣言みたいで。
――逃げられない予感がした。
その日の放課後。
「なあ姉貴」
スマホを耳に当てながら、男は笑う。
「めっちゃいい素材見つけた」
電話の向こうで、女の声が何かを返す。
「マジで。久々に当たり」
楽しそうに、目を細めて。
「ちょっと手ぇ貸してくんね?」
短い沈黙のあと。
男は、にやりと笑った。
「決まりな」
そして、ぽつりと呟く。
「絶対変えてやるよ」
――あの、つまんねぇ優等生。
だから私は、いつも前髪を深く下ろして、顔を隠す。
――別に、理由なんて大したことじゃない。
ただ、見られたくないだけ。
見られて、何かを言われるくらいなら、最初から避けたほうがいい。
「……おはよう」
教室に入ると、誰とも目を合わせずに自分の席へ向かう。
クラスメイトの視線が、少しだけこちらを向くのがわかる。
でも、それ以上近づいてくることはない。
――怖いから。
私が。
じゃなくて。
“私が怖いから”
そう思われていることくらい、もうとっくに気づいている。
暗い。無表情。話さない。
そんな私に、近づく理由なんてない。
それでいい。
それで、楽だから。
余計なことを考えなくて済む。
「テスト返すぞー」
先生の声で、教室の空気が少しだけ明るくなる。
答案が配られていく中、私の名前が呼ばれる。
「……また一位か」
小さくざわつく教室。
でも、誰も私に話しかけてはこない。
私はただ、答案用紙を受け取って、静かに机の上に置いた。
満点。
いつも通りの結果。
嬉しいとも、誇らしいとも思わない。
ただ、“これしかないから”やっているだけ。
勉強をしていれば、何も言われない。
ちゃんとしていれば、誰にも迷惑をかけない。
それが、私のルール。
私の生き方。
――それで、いいはずだった。
昼休み。
私はいつものように、屋上へ向かう階段の途中にある踊り場でひとり、お弁当を開く。
ここは人が来ない。
静かで、安心できる場所。
――なのに。
「こんなとこで飯?」
不意に、低い声がした。
びくっと肩が跳ねる。
振り向かなくてもわかる。
この声。
この雰囲気。
――関わってはいけない人。
校内でも有名な、不良。
名前は、たしか……。
「お前、あの有名なやつだろ。ずっと下向いてる」
足音が近づく。
逃げたい。
でも、体が動かない。
「なあ、顔見せてみろよ」
「……っ」
反射的に、顔を隠すようにうつむく。
すると。
ぐい、と顎を掴まれた。
「やめ――」
言い終わる前に、強引に顔を上げられる。
前髪が、はらりと揺れて。
――視界が、開けた。
その瞬間。
「……は?」
目の前の彼が、固まった。
驚いたように、目を見開いて。
まじまじと、私の顔を見つめてくる。
「……お前」
さっきまでの軽い空気が消えている。
「なんで隠してんの、それ」
「……っ」
何も言えない。
言葉が出てこない。
ただ、見られていることが怖くて、手で顔を覆おうとする。
でも、その手を掴まれた。
「もったいな」
「……やめて、ください」
やっと出た声は、小さく震えていた。
「見ないで」
すると彼は、一瞬だけ黙って。
それから。
ふっと笑った。
「無理」
「……っ」
「だって、面白ぇもん」
面白い。
その言葉に、胸がぎゅっと締めつけられる。
やっぱり。
私は、そういうふうに見られる。
変わってるとか、珍しいとか。
そういう対象。
――だから、隠してるのに。
「なあ」
彼が、少しだけ顔を近づける。
「お前、変われるぞ」
「……え?」
「その顔、ちゃんと出したら」
意味がわからない。
ただ、頭が追いつかないまま。
「俺の姉貴、スタイリストなんだよ」
「……?」
「めちゃくちゃ有名でさ」
どこか楽しそうに、彼は言う。
「お前、素材はいいから」
にやっと笑って。
「化けさせてやる」
「……いりません」
即答だった。
これ以上関わりたくない。
変わる必要なんてない。
今のままでいい。
なのに。
「へぇ」
彼は、面白そうに目を細める。
「じゃあ余計やりたくなった」
「……っ」
「逃げんなよ」
そう言って、くしゃっと私の前髪をかきあげる。
また、顔が露わになる。
心臓がうるさい。
「絶対変えてやる」
その言葉は。
まるで宣言みたいで。
――逃げられない予感がした。
その日の放課後。
「なあ姉貴」
スマホを耳に当てながら、男は笑う。
「めっちゃいい素材見つけた」
電話の向こうで、女の声が何かを返す。
「マジで。久々に当たり」
楽しそうに、目を細めて。
「ちょっと手ぇ貸してくんね?」
短い沈黙のあと。
男は、にやりと笑った。
「決まりな」
そして、ぽつりと呟く。
「絶対変えてやるよ」
――あの、つまんねぇ優等生。
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