万華鏡は月を巻き戻す
『よし、じゃあ眠れるように羊でも数える?それか子守唄でも歌おうか。』

「羊数えるって逆に頭冴えない?」

『確かに。
じゃあ音読してあげる。』

「なにを?」

『教科書?』

「え?」

『冗談。俺の好きな小説。』

「教科書よりいいね。」

『よし、ちょっと待ってて。』

布団の中でスマホを耳に当てたまま、
朔の部屋からガサガサと本を探す音が聞こえる。
その生活音すら、妙に心地いい。

『あった。じゃあ読むね。』

少し息を整える気配のあと、
朔の声がゆっくりと低く、柔らかく流れ込んでくる。

『恋する逆さまの月。

僕は自分が嫌いだ。
だけど、僕はたった一つ君の星が好きだ。
一番輝いてみえる。

僕は君に綺麗なものを見てほしい。
やさしいものに囲まれて、特別であってほしい。

だからどうか。
君が健やかに輝けるように、僕は自分を隠す。』

朗読というより、
まるで私にだけに向けて紡いでいるみたいな声だった。

その声は、夜の静けさに溶けて、
耳から胸の奥へ、ゆっくりと染み込んでいく。

まぶたが重くなり、
視界がふわりと滲む。

(もう少し聞いていたいのに……)

そう思った瞬間には、
朔のやさしさに包まれるように、
意識がそっと夢の方へ引き込まれていった。

スマホ越しに聞こえる朔の声が、
最後の子守唄みたいに、遠くで揺れていた。
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